第79話『ヒーローらしく』
翌日の昼過ぎ。
ボストンバッグを担いだ雄一は新幹線のホームにいた。理由はもちろん、実家に帰る澄乃に付いていくためだ。
澄乃が抱えていたものを知った昨日、彼女を助けることを決意した雄一から申し出たことだ。付いていったところで何ができるかは分からないが、少しでも澄乃の支えになりたい。そんな想いを胸に、雄一はこれから澄乃の実家へと向かう。
「ごめん雄くん、荷物ありがとう」
お手洗いで席を外していた澄乃が戻ってくる。ついでに新幹線の中で食べる昼食も買ってきてくれたようで、その手には駅弁ショップのロゴ入りのビニール袋がぶら下げられていた。
邪魔になるだろうと預かっていた澄乃の荷物を返すと、彼女は改めてといった様子で雄一に向き直る。
「雄くん、一緒に来てくれて本当にありがとう」
「気にすんな。言ったろ、澄乃の力になりたいって。まぁ、何ができるかは分からないけどさ……」
「ううん、そばにいてくれるだけで心強いよ」
そう言って、澄乃は柔らかく微笑む。その面持ちは少し緊張気味ではあるが、それでも昨日よりは顔色も格段に良い。緊張を解(ほぐ)すようにぽんぽんと叩くと、澄乃は嬉しそうに目を細めた。
「新幹線で二時間ぐらいだっけ?」
「うん。そこからまた電車を乗り継いで……暗くなる前には家に着けるかな」
澄乃が一度マンションに戻り、その間に雄一も外泊の準備を整えたのが今日の朝のこと。
なるべく早く準備をしたつもりだが、やはり出発は少し遅くなってしまった。
新幹線の指定席を予約できただけ運が良かっただろう。
ちなみに、さすがに泊まる場所の確保まではできなかった。澄乃の実家に泊まることができれば一番楽だが、問題が解決しない内にはそうもいかない。最寄り駅の方に漫画喫茶はあるらしいので、最悪そこで夜を明かすつもりだ。
スマホで漫画喫茶の料金などを確認していると、隣の澄乃が急に「……あれ?」と首を傾げた。
「どうした?」
「今気付いたんだけど……雄くん、サークルの撮影ってどうなったの? 確かこれぐらいの時期にやるって話だったよね?」
「……あー」
――考えが及ばないように黙っていたのだが、どうやら気付かれてしまったらしい。一瞬誤魔化そうとも思った雄一だが、こちらを訝しむ澄乃の視線を前にして、正直に打ち明けることにした。
嘘を言って後でバレたら怖いことは、すでに経験済みだ。
「実はさ……撮影、断ったんだよなー……」
「……えっ!?」
澄乃の素っ頓狂な声がホームに響いた。
昨夜、豪雨の中帰るのも酷だろうということで、澄乃は雄一の家に泊まることとなった。着替えを始めとする外泊用具が揃っていたのは不幸中の幸いだろう。年頃の異性が泊まることには少なからず感じるものはあるが、澄乃は一人にはさせたくなかったし……たぶん澄乃も、雄一がそばにいることを望んでいてくれたと思う。
雨が弱まった隙に近くのコンビニで食料を調達し、夕食を済ませると、澄乃は早々に床についた。精神的にも肉体的にも疲労が溜まっていたらしく、ものの数分で穏やかな寝息が聞こえてくる。
完調とはまではいかなくとも、気持ちもだいぶ落ち着いてくれたようで何よりだ。中途半端な位置に引っかかっている毛布を掛け直し、雄一はベッドの置いてある洋室からそっと離れた。
玄関の方まで来たところでスマホを取り出すと、『特撮連』のサークルリーダーへ電話をかける。数回のコール音の後、電話口に相手が出た。
『おー雄一、一体どうした?』
「夜遅くにすいません。実は……折り入って話したいことがあるんです」
『んん? どうした、改まって』
「……今度の撮影、俺を外してもらえませんか?」
電波の向こう側、相手の雰囲気が変わる気配がした。渇きそうな唇を舌で湿らせ、雄一はじっと相手の返事を待つ。
『……そいつはまた随分と急な話だな。一体どういうこった?』
「その……どうしても外せない用事ができてしまって、撮影に参加できそうにないんです」
『その用事とやらの日にちは決まってんのか? 一日ぐらいなら、お前が出るシーンを後回しにするって手もあるが』
「正直、どれだけ時間がかかるか分からないんです。上手くいけば二、三日で終わるかもしれませんけど、もしかしたらそれ以上……」
『……ほーん、なるほどね』
「すいません。勝手なことを言ってるのは、重々承知してます」
『特撮連』での映画撮影の初日は、すでに明後日に迫っている。実家に帰る澄乃に付き添うためには、どうしても撮影の方は犠牲にしなければならなかった。
迷惑極まりない行為であることは十分理解している。それでもやはり、雄一は澄乃のことを優先してあげたかった。
しばらく無言の時間が続いた後、リーダーのため息が電話口から聞こえてきた。
『――オーケー、大体分かった。まぁ、幸いお前はスーツアクターで顔出しはしないからな。空いてる連中に出番割り振れば、何とかなんだろ』
「本当にすいません。余計な迷惑をかけてしまって……」
『全くだ。アクションの内容も少し直さないといけないしなー』
「……すいません」
雄一にできることは全ての文句を甘んじて受け入れ、その上で謝罪を重ねることだけだ。どんな理由があろうと、任された役目を途中で放り出すことに変わりはない。
たとえ、これでサークルから強制的に脱退されることになっても、何も文句など言えない。
しかし状況を重く受け止める雄一とは対照的に、リーダーは明るい声音で話を続ける。
『まぁ、他の面子には俺が上手いこと誤魔化しといてやるよ。こっちの活動に復帰できる日が来たら、また連絡してくれ』
「……へ?」
想像とは違った相手の対応に、雄一は困惑気味に声を漏らした。
『ん? どうした?』
「……あの、俺、また活動に参加していいんですか?」
『あん? お前はウチのメンバーなんだから当たり前だろ。何言ってんだ』
「いや、だって、俺かなり無責任なこと言ってるじゃないですか……! 正直、サークル辞めさせられてもおかしくないって、思ってたんですけど……」
『……お前がウチのサークルに入ってきたのは、去年の春頃だったか』
「え? はい、そうですけど……」
脈絡の無いリーダーの言葉に、雄一は首を捻るばかり。そんな雄一を余所に、リーダーは呆れたように笑っていた。
『一年以上一緒にやってりゃ、お前が軽はずみな考えで物事を投げ出す奴じゃないってことぐらい分かるってもんだ。用事とやらも、まあ何となく察しは付く』
至極当たり前のように、リーダーは雄一への信頼を口にしてくれた。もちろん、彼がこちらの状況も知るわけもないが、何かしら察してくれたのかもしれない。
その信頼と心遣いが、とてもありがたかった。
『ただし、だ。今やウチも結構有名なサークルだからな。お前みたいに、外部から入りたいって奴も増えてきてる。うかうかしてると今のポジションが取られかねないぞ? そこに関しちゃあくまで実力主義、情けはかけねぇからな?』
「はい、ちゃんと分かってます」
『なら良し。……まぁ、あれだ。お前ウチに入ってから、ずっと戦闘員とか怪人ばっかやらせてたからな。たまにはしっかり――ヒーローやってこい』
「……はい!」
背中を押してくれた相手への感謝も込めて、雄一は力強く返事をするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます