+21話『プレゼント交換』

「やっぱ三ツ星だったなー……」


「だから褒めすぎだって」


 紅茶の注がれたカップ片手に感極まったように呟く雄一に、澄乃は照れ臭そうに頬を掻いた。


 雄一とていい加減しつこいかもと思っているが、素直な気持ちが口をついて出てしまうのは止められない。澄乃の手料理はいつも通り――いや、いつも以上に絶品だった。


 こんな幸福を当たり前に味わえることが喜ばしい反面、だからこそ当然のことのように享受するだけではいけない。改めて「美味かった」と称賛の言葉を口にすれば、澄乃はほわりと淡い笑みを浮かべてデザートのケーキを口に運んだ。


 二人で選んだのはブッシュ・ド・ノエル。評判の高い店で購入したビターテイストの一品で、口にすればそれに恥じぬ美味が口の中に広がる。たかがティーパックで淹れただけの紅茶がどことなく味わい深く感じるあたり、真の美食は周りの品のポテンシャルも底上げしてくれるらしい。


 ほどなくしてケーキも食べ終わり、ソファに並んで座ってテレビを見る。適当につけたクイズ番組での正答率を競い合ったりして過ごしていると、気付けば時計の短針は9の数字を回っていた。


「うー……負けたー……!」


 隣の澄乃がぷくーっと頬を膨らませる。


 クイズ勝負の軍配は一問差で雄一に上がった。単純な知識量や勉学的頭の良さだと澄乃には敵わないが、問題はどちらかというと頭の柔らかさを試されるようなものが多かった。いつぞやの間違い探しの時もそうだが、発想力や観察力といった点では雄一の方が一枚上手らしい。


「雄くんと勝負すると、結構負けることの方が多いんだよねえ……」


「はっはっはっ、まあ精進したまえ。どんな勝負でも受けてしんぜよう」


「じゃあ今度の期末テス――」


「おいやめろ」


「えー」


 じとーっと不満げな眼差しで脇腹を突いていくる澄乃だが、さすがに戦力差が大きすぎる。一応雄一の成績はそれなりに上がってきているものの、あくまで澄乃の教えあってこその成果だ。勝負ともなればそれは期待できないので、まず間違いなく敗北を喫するに違いない。我ながら情けない話だとも思うが。


 ひとしきり突いて満足したのか、ソファから立ち上がった澄乃が寝室へ引っ込む。すぐに戻って来た彼女の手には、赤いリボンが巻かれた緑のラッピング袋が抱えられていた。


「では勝者である雄くんには、クリスマスプレゼントという名の賞品を進呈します」


「勝てないと貰えなかったのか?」


「その時は残念賞ということで」


「そりゃ良かった」


 お預けされたら悲しすぎる。


「開けていいか?」


 頷く澄乃を見てから、丁寧にリボンを解く。


「おお、マフラーか」


 袋から出てきたのは、ネイビーカラーにワンポイントの白いラインが入ったマフラーだった。試しに巻いてみれば、肌触りの良い布地が首回りを温めてくれる。


「雄くんはマフラー持ってないみたいだったから、どうかなーって」


「毎年買おうかどうか悩んで、結局買ってない感じだったからなあ。ありがとな、大事に使わせてもらうよ」


 まさに今日、マフラーのありがたみが身に染みたばかりなので素直にありがたい。


 嬉しそうに微笑む澄乃の頭を軽く撫でた後、雄一は部屋の隅に置いた自分の荷物の方へと向かう。バッグの中から取り出したのは澄乃へのクリスマスプレゼント。緑のリボンに赤い袋という、ちょうど澄乃からのものとは対照的な色合いだ。


「ほい、俺からもプレゼント」


「わっ、結構大きい」


 両手で大事そうに受け取りながら目を丸くする澄乃。


 目線で「開けてもいい?」と尋ねられたので、雄一は平手を向けて先を促す。これまた大事そうに開封していく澄乃だが、半分ほど中身を取り出したところで藍色の瞳がきらきらと輝き出した。


「わあ、可愛い……っ!」


 袋の口からひょっこりと頭だけを出したのは、いささかふてぶてしい顔付きをしたパンダのぬいぐるみ。童心に帰ったような笑顔を浮かべる澄乃とは違い、愛されるのが当然だと言わんばかりの淡泊な表情を貫いている。まあ、ぬいぐるみなので表情が変わらないのは当たり前だが。


 正直もう少し可愛げのあるものを選ぶべきかとも思ったが、親身になってくれた店員からは「こういうのがまた癖になるんですよ!」と力説されて選んでしまった。半信半疑ではあったが、澄乃の緩み切った頬を見るかぎり見立ては正しかったらしい。


「ふふ、花火大会の時に貰ったコのお父さんみたいな感じ。ありがとう、雄くんっ」


「どういたしまして」


 ――どうやら、まだ・・気付いていないらしい。


 雄一の用意した仕掛けに澄乃はいつ気付くのか。ちょっと楽しくなりながら眺めていると、澄乃は袋から完全にパンダを取り出した。もふもふと顔をいじり、我慢できなくなったのかぎゅうっと胸に抱き寄せる。そして、ぱちりと目を瞬かせた。


「……あれ?」


 感触で違和感を感じ取ったのか、緩く首を傾げた澄乃がパンダの背中に目を向ける。そこには小さな四角いプレゼントボックスが、まるでランドセルでも背負うかのようにリボンで固定されていた。


「ねえ、これって……?」


「開けてみ」


 多くは語らず、雄一はただ一言だけを告げる。


 やっぱり大事そうに、けれど少し恐る恐るといった様子で、澄乃はリボンを解いて箱を開ける。


「あ――」


 澄乃の綺麗な瞳が今度は隠しきれない驚きでまたたいた。


 箱の中に収められていたのは、小さな雪の結晶をモチーフにしたネックレス。色はピンクゴールドで、中央には透明色のクリスタルガラスがあしらわれている。照明の光を浴びて輝くクリスタルを澄乃は放心したようにじっと見つめていた。


「これもプレゼント……でいいんだよね?」


「もちろん。ってか、そっちの方が本命だ」


 プレゼントがぬいぐるみと思わせた後に、真打の登場。これこそが、店員からのアドバイスを下に雄一の仕掛けたサプライズだった。結果は大成功と言っていいだろう。


「ほんとにいいの? 二つも貰っちゃって……」


「俺がプレゼントしたくて送ったんだから気にすんな。澄乃に似合うと思ったんだよ」


「……うん、ありがとう」


 ふっと短く息を吐いた澄乃は、箱に収まったままのネックレスを雄一に差し出す。


「ね、雄くんが着けてよ」


「……ああ」


 記念すべき初めての着用を自分に任せてくれたことに、気付かない内に雄一の頬は緩む。


 そっと箱からネックレスを取り出すと、背中を向けた澄乃が両手で後ろ髪を除けて首回りを露わにする。うなじからほのかに漂う甘い香りに雄一の心臓は高鳴った。


 ネックレスを持つ手をまずは澄乃の前に回し、それから首の後ろで金具を留める。しっかり留まったことを確認してから澄乃の肩を叩くと、彼女はゆっくりとこちらに振り向いた。


「……どう、かな?」


 それはまるで、静かな水面みなもに映った満月のよう。


 頬を鮮やかな薔薇色に染めた澄乃は照れ臭そうに、けれどどこか落ち着きのある淑やかな笑みを浮かべている。首元で輝くネックレスはもちろん、澄乃の表情もそれに負けないぐらい華やかに輝いていた。


「似合ってる。俺の見立ては正解だったな」


 何だか気恥ずかしくて、ついおどけたような言葉を返してしまう。そんな返事を受けても澄乃は笑みを深め、そのまま雄一の方に身を寄せてくる。


 澄乃がこてんと頭を預けた先は雄一の肩口。文字通り目と鼻の先から澄乃の愛らしい顔が雄一に向けられる。いつも以上に強く“女性”を感じさせるような笑みは、雄一の目にひどく蠱惑的に映った。


 きっとこの世で自分しか知らない、恋い慕う相手にのみ向けられる幸せで蕩け切った表情。その魅力に雄一の視線が根こそぎ奪われていると、澄乃の唇はそっと言葉を紡ぐ。


「大好きだよ、雄くん」


 たっぷりの愛情を染み込ませた言葉が雄一の意識を揺さぶり、心の奥底に秘めた欲望を掬い出していく。


 だから、気付けば雄一は――


「きゃっ……」


 澄乃の華奢な身体を、ソファの上に押し倒していた。

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