第11話『サトリ系演劇部』
「俺のダチが学校一の美少女と相合傘で帰っていた件について」
「それなんかのステマ?」
ある日の放課後。二人とも部活が休みということで、雄一、雅人、紗菜の三人はショッピングモール内のゲームセンターに遊びに来ていた。
紗菜はモール内の書店に用があるとのことなので、一旦席を外している。残された二人は同時プレイ可能のゾンビ物ガンシューティングゲームで遊んでいたのだが、その最中、雅人が脈略も無しに何かの作品タイトルのような言葉を口にした。
左隣の雅人に胡乱げな眼差しを送る雄一だが、護衛対象のキャラクターがゾンビに襲われそうだったので、すぐさま意識を画面内に戻す。ヒーローたる者、一人も犠牲を出すわけにはいかない。
「別に宣伝じゃねーよ。これはノンフィクション、実際の人物・団体としっかり関係ある話だからな」
雄一が撃ち漏らしたゾンビに銃弾を浴びせつつ、雅人はいつもよりも高めのテンションで話を続けた。
「この間の雨の日、白取さんが二年の男子と一緒に帰ってたらしいんだよ。二人っきりで、しかも相合傘」
「へー」
「一体あの男は誰だーって話になったんだけど、色々な目撃証言を総合した結果、俺は一人の人物に行き着いた」
「ほー」
「んで、その人物とは……」
このステージに登場する最期のゾンビ――その顔面に見事ヘッドショットを叩き込んで仕留めた雅人は、今度は雄一の方に銃型コントローラーの先を向ける。
「そう! オメエだよ、オメエのことだよ!」
コントローラーを握った手の小指をピッと立てて、どこかラップ調のノリで宣言する雅人。割と様になってるのが微妙に腹立たしい。
「どっから嗅ぎ付けてくんだよ、そういう情報」
雄一は呆れながら突き付けられた銃口を手で反らす。とりあえず自分はゾンビでなくパートナーなので、銃まで向けるのはやめて欲しい。フレンドリーファイアもいいところだ。
「お、否定しないってことは認めるんだな」
「隠すほどのもんでもないしな」
なにせただ一緒に帰っただけなのだから。相合傘という特殊な状況は付加されるものの、別にやましいことしていたわけでもない。そもそも最初に“俺のダチ”と明言していた時点で、噂の人物が雄一であることはほぼほぼ確定していたはずだ。
「何だよ、ちょっとは目撃されて慌てるぐらいの反応を見せろってんだ」
「見られて困るようなことはしてないからな」
「冷静だねえ。……にしても雄一、ダチの俺に内緒でいつの間に白取さんとのフラグを立ててるなんざ――」
ゲーム画面に表示される次のステージの説明を眺めている雄一の隙を突いて、中途半端に言葉を切った雅人がゆらりと背後に滑り込む。そのまま雄一の両肩に手を置いたかと思うと、わざわざ耳元に口を寄せて――
「よくないな……こういうのは」
含み笑いを帯びた声音でそう囁いた。
ぞわわとムカデが這いまわるような悪寒が雄一の背筋を駆け巡り、反射的に背後の雅人に肘鉄を叩き込む。
「やめろ気色悪い!」
いくら雅人の見た目が整っていると言ってもあくまで男同士。雄一に“そっち方面”の趣味がない以上、同性からの囁きなんて全力で拒否したい代物だ。率直に言って非常に気持ち悪い。
憎たらしいことに、雅人は雄一からの肘鉄を後ろに下がることで回避していた。自分の行動が身の毛のよだつものであることは理解しているらしく、雄一からの罵声に気を悪くした様子もなくからからと笑っている。
「……ったく。っていうかダチの俺に内緒でって、そもそも今のお前は色恋沙汰に興味ないんじゃなかったのかよ」
「俺自身のにはな。人のには興味深々!」
「てめえこの野郎」
野次馬根性甚だしい。他人事だと思って――いや、突き詰めれば紛れもなく他人事なのだが、こうも明け透けに楽しまれるのは御免被る。まあ実際、本気で嫌がれば雅人はそれを察して引いてくれるだろうし、雄一にしても別にバレて困るような話があるわけでもないのだけれど。
「白取が傘を忘れたから、ちょうど通りかかった俺が入れてあげたってだけだよ。お前が期待するような展開なんて一切ないぞ」
「そうは言っても相合傘だろ? 普通すんなりと受け入れると思うか?」
「まあ、そりゃ言われてみればそうだけど……」
澄乃との相合傘の記憶を思い出して、雄一は少し言い淀む。何だかんだで自分もドギマギしていた部分があることを振り返ると、確かにただのクラスメイトがやる行為としては大胆だったかもしれない。
「いや、でもあの時はそれが一番効率良い方法だったわけで、白取だってそう思ったから付いて来てくれただけの話だろ」
「などと供述しているわけですが」
「犯罪者? 俺犯罪者扱いされてる?」
雄一の追求などどこ吹く風と言わんばかりに明後日の方を向いている雅人。
ちなみにいつの間にか始まっていたゲームの画面には、早々に護衛対象がやられてしまったのか『GAME OVER』の血文字が大きく表示されていた。死んだはずの護衛対象から『役立たず! 能無し! 自らの責任も果たせない罪深き人間め!』という中傷メッセージのオマケ付きだ。今までさんざん守ってきたのになんて扱いだ。
「どう思いますか、解説の紗菜さん」
どうやら明後日の方を向いていたわけではなかったらしい。雅人が呼び掛ける先には、書店のビニール袋片手にちょうど戻って来た紗菜がいた。
戻るや否や急に話を振られたので、当然紗菜はきょとんとした表情を浮かべている。雅人がこれまでの会話をざっくりと説明したところで、「あー」と大体の流れを理解したような声を漏らした。
「誰かと二人でってことだと、確かに白取さんにしては珍しいよね。彼女、特別仲の良い人はいない感じだから」
「そうなのか? 誰とでも仲良いと思ってたけど……」
クラスでの澄乃の姿を思い返してみても、大体は誰かと談笑している様子がまず浮かび上がる。もちろん一人で静かに読書している時などもあるが、持ち前の分け隔て無さは男女共に人気で、基本的には人に囲まれている印象が強い。
「誰とでも仲が良い分、そこから突出した人がいないって感じかな。私も話すことはあるけど……何ていうか、どこかで一線引いてるところがあると思うんだよねえ」
そう評した紗菜の目は何かを探るように細められていた。
秘められた内情を見定めるようなその瞳には、どこか神秘的な魅力があるようにすら思える。
この目をしている時の紗菜の洞察力は凄まじい。演劇部での役作りの糧にするため日頃から人間観察に勤しんでいるらしく、幾多の経験によって裏打ちされた技量ははっきり言って妖怪のそれだ。
これはあくまで一部の間なのだが、実はサトリの生まれ変わりなんじゃないかという説がまことしやかに囁かれているとか、いないとか。
「雄一、何か変なこと考えてない?」
「ははは、まさか」
ここにまた一つ、紗菜=サトリ説の信憑性を裏付ける事例が追加されたのであった。
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