+32話『ゆく年くる年』
雄一たちが買い出しから帰ってきた後、何故か疲弊していた澄乃の回復を待ってから始まった夕食。ちょっと豪勢なすき焼きを英河家+一名で堪能し、時間を置いて年越し蕎麦も食べることに。それを見越してすき焼きの方は腹八分目ぐらいの量に留めていたので、少しの食休みを挟むぐらいで問題なかった。
そして、いざ桜子が蕎麦の準備に取り掛かろうとした時、その手伝いを澄乃が申し出た。
『もてなされてばかりなのも申し訳ないので、良かったら何か手伝わせてもらえませんか?』とのこと。
桜子はそれを快諾すると、澄乃と共に台所へ。しばらく時間を置いてから、英河家の食卓には素晴らしい出来栄えの年越し蕎麦が並ぶのであった。
すき焼きの後なので量自体は控め目。具はかまぼことほうれん草、それから一人一本の海老の天ぷら。これはスーパーの総菜とかではなく、わざわざ澄乃が揚げてくれたものだ。蕎麦とは別の皿に盛られた天ぷらはカラっと仕上がっており、照明を浴びてどこか黄金色に輝いているようにも見える。
「本当は手伝ってもらうだけのはずだったのにね、澄乃ちゃんの手際が良いからほとんど任せちゃったわ」
配膳を終えてテーブルに着いた桜子が言う。桜子がしたことは蕎麦を茹でただけらしく、つゆや具に関してはほぼ澄乃が担当したらしい。
「お口に合えばいいんですけど……」
「大丈夫だって。澄乃の腕は俺が保証する」
エプロンを外しながらの澄乃の言葉には、雄一が即座にフォローを入れた。澄乃の料理の腕はとうに身に沁みているし、むしろ他の三人がどういう反応を見せるかちょっと楽しみだったりする。あと単純に早く食べたい。
「じゃあ、早速――」
全員がテーブルに着席したところで晴信が音頭を取り、揃って『いただきます』。雄一の隣の優衣は早速天ぷらに箸を伸ばすと、まずはそのままに噛り付いた。
「ん~、ほいひい! ほれほいひいへふよ、ふひのはん!」
「あはは、ゆっくり食べてね」
口の中に天ぷらを入れる否や、目を輝かせてもごもごと口を動かす優衣。さながらエサを頬張るハムスターのような姿に、澄乃は戸惑いつつも微笑んだ。
そんな様子を横目で見ながら、雄一は器を持ってまずはつゆを味わってみることにした。
しっかりだしのきいた、濃くも薄くもないちょうど良い塩梅。蕎麦を啜ればつゆも相まって味わい深く、たかが既製品を茹でただけのものが高級店の手打ちのように感じてしまう。まぁ、さすがに本物の職人にとっては聞き捨てならない言葉だろうが、雄一にとって澄乃の手料理はどこにも負けない一品に他ならないのだ。
そして優衣が騒いだ通り、天ぷらもまた良い。カラっと揚がった衣のサクサク感と中の海老のぷりぷり感。そのまま味わうのはもちろん、衣に蕎麦のつゆを吸わせて食べてみても申し分なし。量が控えめなのが途端に惜しくなってくる。
各々舌鼓を打ちながらも食は進み、ほどなくして全員が食べ終わると、箸を置いた桜子はほう……と感心するように息を吐いた。
「料理も完璧。これならすぐお嫁に来ても大丈夫ね」
「ぶっ!?」
たまらず吹き出す雄一。澄乃も吹き出すまではいかないも、かなり恥ずかしそうに身を縮ませていた。
「お、お嫁とか、まだそういうのは……」
「へぇ……まだ、なのね?」
「あっ、えっと、そのっ」
自分から墓穴を掘った澄乃は、ますます縮こまってしまった。雄一が桜子を睨めばニヤついた笑みを浮かるばかりで、ついでに晴信は微笑ましそうに、優衣は肘でうりうりと小突いてくるのだから厄介なことこの上ない。
これ以上この場にいることはマズいと判断した雄一は、戦略的撤退を選択した。
「そういう話は早いっての。食べ終わったんなら器下げるぞ?」
「あら、雄一が片付けてくれるの?」
「澄乃が作ったのに、俺だけ何もしないわけにもな」
そもそもお客様な澄乃と違って、雄一はあくまで実家に帰ってきただけ。別におもてなしを受ける側というわけでもない。
「はー、お兄ちゃんは働き者だねぇ」
「逆にお前はもうちょい働いたらどうだ?」
「なにおう! 今年は大掃除頑張りましたー! というかお兄ちゃんたちが使う部屋だって、私が掃除して用意したんだからねっ!」
「あ、そうだったんだ。ありがとう優衣ちゃん、しっかり綺麗にしてくれて」
「いえいえ、お安い御用ですよー。――ほら、お兄ちゃんこれだよ。この優しさだよ」
「はいはいありがとさん」
我が妹ながら素早い変わり身である。とはいえ掃除してくれたことは素直に感謝すべきなので、あとでチョコレートでも進呈することにしよう。新幹線で食べる用に買ったものが残って持て余していたので助かる。
使った食器を二回に分けて台所へ。テレビから流れる毎年恒例の歌番組をBGMに食器洗いを始めると、澄乃が雄一の隣にやって来た。
「洗い物手伝うよ」
「別にいいぞ? 大して量ないし」
すき焼きで使った食器は粗方片付いているので、一人でやってもさほど時間はかからないだろう。
「でも二人でやった方が早く終わるでしょ?」
「ん。じゃあ頼む」
「はーい」
実際澄乃の言う通りなので、素直に申し出を受けることに。というか今までも二人で洗い物を協力したことがあるので、むしろこっちのスタイルの方がしっくりくるかもしれない。
「……なーんかアレだよね。新婚さんみたい」
「うっせ。大人しく紅白見てろ」
優衣からのからかいにぶっきらぼうに返す半面、そんな風に見えることが少し嬉しい。横を見ればほのかに頬を染めた澄乃と視線が交わり、雄一に向けて柔らかい笑みを向けてくれる。どうやら嬉しい気持ちは澄乃も同じらしい。
正直、結婚とかそういう話はまだ漠然としているし、今の段階だと無責任に口にするものでもないと思う。けれど――
(まぁ、いつかそういう風になれたらな……)
澄乃と迎える未来はとても輝かしいものになると、確信にも似た予感があった。浮ついている自覚は、まぁ、一応ある。
そんな風に手を進めながら何となく未来に想いを馳せていると、テレビの近くで動きがあった。
「あ、もうじきだね」
優衣がテレビのチャンネルを変えると、どこかの神社の生中継が画面に映った。大勢の参拝客で賑わいを見せており、テレビのスピーカーを通して除夜の鐘の音も聞こえてくる。
一旦手を止めて、断続的に流れるその音に耳を傾ける。その内テレビ画面の向こう側でカウントダウンの大合唱も始まり――やがて、一つの年が終わりを迎えた。
『明けましておめでとうございます』
示し合わせたわけでもないのに、五人の声が重なった。見事に揃ったことに雄一は軽く吹き出すと、横合いからちょんちょんと肩を叩かれる。
振り向いた先にいた澄乃は上目遣いに雄一を見上げ、たおやかに口許を緩ませた。
「今年もよろしくお願いします、雄くん」
「こちらこそよろしくお願いします、澄乃」
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