+68話『順調な準備』

「よし、背中はこれでオッケー。そっちは?」


「足も問題なし。英河くんの体格が似てて助かったよ。これならいけそうだ」


「あー……盾の方はちょっとキツいね。微妙に収まりきんないや」


「しゃーない、本番ではバレない程度にテープで固めるか。英河くん、振り回しても問題ないように補強するけど一応気にかけといてくれ」


「了解です」


 改めて晴人の口から雄一が代役を務めることを全員へ伝えた後、急ピッチで『ガンドレイク』のスーツの調整作業が進行していた。とはいえやはり体格が似ていたことが功を奏し、ほとんどのパーツの装着にはこれといった問題もなく、腕回りに若干の修正が入るぐらい程度で済んでいる。


「これで変身完了、と。ちょっとポーズ取ってみてくれるか?」


 最後に頭を覆うマスクの装着も終わり、背中を軽く叩かれる。次いで渡された『ガンドレイク』の武器である銃を片手に決めポーズを取ると、マスク越しに「おー」と小さな歓声を雄一の耳は捉えた。


「いいな、想像以上に様になってる!」


「だな、少なくとも外から見る分には代役とは思えねぇわ。――あ、英河くん、決めポーズの時の足の開きはもうちょい小さく……そうそう、そんな感じ」


 やはり実際に着るのとそうでないとでは若干のイメージのズレもあり、『ヒーロー同盟』の面子主導で細かな指導が入る。そして一通り済んだところで何枚か写真を撮ってもらった。


「――っぷは、どうですか? 何か違和感とか」


「心配しなさんな。ぱっちりだよ、ほれ」


 一度マスクを外してもらって尋ねると、満足げな笑みと共に雄一の目前にスマホの画面が差し出される。そこには宣伝チラシに載っていたのとほとんど遜色のないレベルの、れっきとした『ガンドレイク』が映っていた。


 濃い青を基調としたメタリックな色合いのボディカラーに、銃を持つ右手側に比重を置いたアシンメトリーな装甲。頭部は狼を模した造形であり、身体の各所にも狼の牙を模した刺々しいパーツが点在している。


『ヴァルテリオン』が正統派なヒーローとするならば、『ガンドレイク』は一匹狼のようなクール寄りのヒーローだ。それだけに中の人であるスーツアクターにはスタイリッシュなアクションが要求され、状況に動じない冷静沈着な立ち回りが要求される。


 アクション自体は覚えているとはいえ、どこまで本物・・に成り切れるか。


「じゃあ早速で悪いけど、頭からアクションを確認させてもらっていいかな?」


「はい!」


 晴人の言葉に雄一は力強い返事で答える。


 今さら怖気付いてなんていられない。自分はただ全力を尽くすだけだ。











 約二時間に及ぶ練習も終わり、昼休憩に入る。


 一番の懸念材料であったアクション面も好調だった。もちろん『ガンドレイク』に完全に扮しての立ち回りは初めてなので最初は噛み合わない部分があったものの、練習の終わり際にはそれも無くなり、十分本番でも通用できるほどの仕上がりにまで高めることができた。


 事故の報告を受けた直後の緊迫した状況から一転、無事に打開策が見つかったことで良い具合に緩んだ雰囲気の中、装甲パーツを外して楽な格好になった雄一は胡座をかいて一息ついた。


 手汗がにじむ両手を何度か、残った感触を確かめるように握って開く。


 自分でも確かな手応えがある。あとはこれと同じことを本番でも演じればいいだけのこと。


 これなら、きっと――……。


「お疲れ様、雄くん。お昼持ってきたよ」


「おっ、助かる」


 少し前に買い出し班の一人として出かけていた澄乃が、雄一の隣にゆっくりと腰を下ろした。持っていた二つのサンドイッチのパックの片方を雄一に渡し、ついでに首に真新しいタオルもかけてくれる。


 練習に励んだおかげで結構空腹だったので、澄乃に感謝を述べつつありがたくサンドイッチを手に取った。


「今のところ問題なさそうだけど大丈夫? どこか調子悪くなったりしてない?」


 自分の分のサンドイッチをはむはむとつまみつつ、こちらを心配そうに窺う澄乃。気遣わしげに揺れる藍色の瞳を見返し、雄一は「心配すんなって」と安心させるようにサムズアップを返した。


「練習は上手くいったし、本番だって同じことをやるだけだから問題ないさ。それより……ごめんな? 本当は澄乃のフォローするつもりだったけど、さすがにそんな余裕はなさそうだ」


「ううん、それこそ心配しないで。私は大丈夫だし、今となっては雄くんの方が大変なんだから。むしろ何かあったら私がフォローするから、遠慮なく言ってね!」


「はは、頼もしいな」


 ふんす、とやる気十分な澄乃を見ていると思わず笑みがこぼれる。


 実際、澄乃の司会業には一昨日の練習よりもさらに磨きがかかっていたので、自分の助けなんていらないだろう。なんだか少し寂しい気持ちにもなるが、ここは澄乃の厚意に甘えさせてもらおう。


「よし、ちょっと腹ごなしに外の空気吸ってくるよ」


「え、もういいの? まだサンドイッチ残ってるけど……」


「ああ。ほら、あんまり腹に入れすぎるのもマズいからさ。せっかく用意してくれたのに悪いけど、残りは適当に分けといてくれ」


「……うん、分かった。いってらっしゃい」


「いってきます」


 スタッフジャンパーを羽織って足早に会議室から出て行く雄一。その背に手を振り終えてから、残された澄乃はサンドイッチ片手にマーカーびっしりの台本を読み返す。もう覚えてはいるけれど、自分にとっては初めてのヒーローショーなのだから見直しすぎるぐらいがちょうど良いだろう。


 その途中、『ガンドレイク』の登場シーンに差し掛かったところで、ちらりと雄一が残していったサンドイッチに視線を向ける。


 半分ほど残ってしまったその中身。


 腹に入れすぎるのもマズいから――それは澄乃も分かっていたから、軽めの昼食を用意してきたつもりだったのだけれど……。

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