+54話『時には明け透けに』

 部活動が休みとなっている木曜日の放課後。特に予定もない紗菜が黙々と帰り支度をしていた時だった。


「紗菜ちゃん、ちょっといい?」


 呼びかける声に手を止めてみれば、紗菜の席のすぐ近くには澄乃が立っている。放課後はいつも雄一と行動を共にすることの多い澄乃だが、今日は雄一が『特撮連』の集まりだとかで早々に教室を後にしたため、珍しく彼女一人だ。


「どうしたの?」


「実はちょっと相談したいことがあって、この後時間ある?」


「いいよ、今日は部活なくて暇だし」


 申し訳なそうに尋ねる澄乃に二つ返事で承諾。同時に帰り支度も終えて立ち上がると、澄乃と一緒に購買地下の自販機コーナーへと向かう。三学期の開始から丸テーブルと椅子が設置されるようになったので、何か飲みながら時間を潰すにはちょうどいいスペースだった。


「それで相談ってのは?」


 たぶん雄一絡みなんだろうなあ、と内心で付け加え、紗菜は購入した缶コーヒーのプルタブを開ける。


「えっと実はそろそろ雄くんの誕生日が来るんだけど、そのことは知ってる?」


「ああ、来週の土曜日でしょ? 二十七日」


「うん。それで聞きたいんだけど……紗菜ちゃんって何かプレゼントを送る予定ある?」


「一応そのつもりだけど……」


 紗菜にとって雄一は仲の良い友人だ。もちろん恋愛感情こそないが――そもそも澄乃と付き合っているわけだし――誕生日を祝おうと思うぐらいの交友関係にはある。実際つい先日のバレンタインにも義理チョコは送ったし、なんとなく誕生日も何か送ろうかなと漠然と考えてはいた。


 と、紗菜の中に一つの懸念が浮かび上がる。


「ひょっとしてあれ? 彼女的には他の女からのプレゼントは遠慮して欲しいって感じ?」


 澄乃にとっては初めての恋人の誕生日だ。そういう意味ではしっかり祝いたいだろうし、他の女の横槍を好ましく思わないのかもしれない。澄乃とは今後も友人関係を続けていきたいと思っている紗菜としては、そういうことなら大人しく引き下がるつもりだ。


 後腐れが残らないように笑って告げると、澄乃は慌てた様子でぶんぶんと両手を振った。


「違う違う、そういうつもりじゃなくて……! ほら、もしプレゼントで似たようなもの送っちゃったら雄くんに悪いなって」


「あー、そういうことね」


 つまりプレゼントが被らないように、念の為、手を打っておきたいということらしい。確かに澄乃の言う通りだ。というかもし内容が被ってしまったら、水を差したことの負い目で紗菜の方が申し訳なくなる。


「でもまあ、そこまで気にしなくても大丈夫だよ? こう言っちゃなんだけど、そこまで大したもの送るつもりはないし。消え物とかそれぐらいだよ」


 あくまで友人相手。バレンタインのすぐ後にというのも芸がないかもしれないが、送るのなんてちょっと良いお菓子とかその程度だ。恐らく澄乃は形に残るものをプレゼントすると思うから、彼女が危惧しているようなことはそうそう起こらないだろう。


「そっか。ごめんね、急にこんなこと聞いちゃって」


「いいよ別に。ちなみに何をプレゼントするかはもう決まってるの?」


「まだ悩み中。形に残るものがいいかなとは思ってるんだけどねー」


 うつ伏せでテーブルに突っ伏した澄乃は思案気に眉を寄せた。


「形に残るものねえ……。クリスマスはどうしたのさ?」


「クリスマス? だったらマフラーをプレゼントしたよ」


「あ、もしかして雄一が最近使ってるアレ?」


 合点がいった様子で頷く紗菜に、澄乃は「それそれ」と相槌を打つ。


 どちらかというとファッションには無頓着気味だった――決してセンスが悪いわけではないが――雄一にしては、珍しく洒落たものを着ているなと思ったら、つまりそういうことだったらしい。見たところ大事に扱っているみたいだし、あれならば澄乃もプレゼントした甲斐があるだろう。


 しかし、となると当然今回のプレゼントでマフラーは除外だ。


 はてさて何を選べばいいのか。乗りかかった船だしどうせなら最後まで付き合おうと、澄乃と共にあれはどうだこれはどうだと意見を出し合う紗菜。


 そして意見交換が少し煮詰まってきた頃、そんな二人に一人の女生徒が近付いた。


「ありゃ、すーちゃんとさっちゃん。やほやほー」


 そう声をかけたのは夏樹空。トレードマークの×字のヘアピンをつけた彼女は、相変わらずの人懐っこい笑顔で手を振っている。


「どしたの? 二人で難しい顔して」


「まあ、作戦会議ってヤツ。来週の土曜が雄一の誕生日だから何をプレゼントしたらいいかって、澄乃の相談に乗ってるんだよ」


「へー、英河くんの誕生日とな。そりゃあすーちゃんにとっては外せないイベントですなあ」


 空から肘で肩をうりうりと小突かれ、澄乃は照れた様子で苦笑いを浮かべた。二人がじゃれ合う様子を横目で見つつ、スマホでメンズ向けの通販サイトを眺める紗菜は尋ねる。


「空は何かある? こういうのプレゼントしたらどう、みたいな」


「え、男の子へのプレゼントかあ。んー……」


 両腕を組んで目を閉じる空。何かにつけて身振り手振りの多い彼女の、いかにも「熟考してます」的なポーズがちょっと面白い。ややあって何か思い付いたらしい空はスカートのポケットから自分のスマホを取り出した。


「一ヶ月前ぐらいがあたしのおにいの誕生日でさ、その時に送ったものなんだけど……こういうのはどう?」


 数回のタップの後に差し出されるスマホの画面。それを覗き込んだ澄乃の藍色の瞳がぱちりとまばたいた。


「あ、いいかも」


「でしょー? お兄が事務仕事多いみたいだからプレゼントしたんだけど、これなら学校で使っても問題ないし、長く大事にしてもらえるんじゃないかな」


「うん、こういうので探してみる。ありがとう空ちゃん」


「ふふふ、礼には及ばないよ。ついでにすーちゃん、アレをやれば完璧だよ」


「アレ?」


 きょとんと首を傾げる澄乃の眼前に、空は両手を突き出す。


「まず大きなリボンを用意します」


 両手で何かを摘まみ上げるようなジェスチャー。


「そしてそれを頭に付けます」


 摘まんだものを澄乃の頭に添える空。あくまでジェスチャーなので実際には見えないが、澄乃の頭にリボンが付けられた様を想像して、そばで聞いていた紗菜の口の端は緩く吊り上がる。


 この後の展開がなんとなく分かった。


「そして英河くんに向けてこう言いましょう」


「……どう言うの?」


「『プレゼントはわ・た・し』」


 ――満面の笑顔で言い放たれた言葉に、澄乃の身体がピシッと固まる。傍から見ていると面白いぐらいに分かりやすい硬直で、こみ上げる笑いを堪えながら紗菜は助け船を出した。


「こらこら、そういうのは外野がとやかく言うもんじゃないでしょ」


「たはは、だよねー」


 もちろん空も冗談で言ったらしく、あっけらかんとした表情で澄乃から半歩を距離を取った。


 さて、恐らく羞恥で固まってしまったであろう澄乃を再起動させてやろうと、紗菜が肩でも叩こうとした、その矢先――


「モ、モー空チャンッタラ。ソ、ソンナコトデキナイヨー……」


 当の本人の澄乃は、えっらい棒読みで視線を彷徨わせていた。


 ……はて、予想していた反応とずいぶん違うのだが。


 頬の赤みを見るかぎり羞恥を覚えているのは間違いないが、その意味合いがちょっと違う。自分の身を雄一に差し出すことを想像しての恥ずかしさというよりは、そう、何と言うか……図星を突かれて焦っている、みたいな?


『…………』


 紗菜と空、二人の視線が澄乃に突き刺さる。三人の周囲を静寂が取り囲む中、先に慌ただしく動き出したのは澄乃だった。


「と、とにかく二人とも、相談に乗ってくれてありがとう! これ以上時間を取らせたら悪いから、私はもう行――」


「空」


「合点でい」


 がっしり。


 足早に立ち去ろうとした澄乃の両腕を、両脇から紗菜と空がそれぞれ掴む。まさしくそれは、逃がさないという明確な意思表示。


「あ、あの、紗菜ちゃん、空ちゃん……?」


「まあ、待ちなよ澄乃。わざわざ相談に乗ってあげたんだから、今度はこっちに付き合ってもらわないと」


「あたしなんてナイスアドバイスしたんだし。お礼にすーちゃんから色々と聞きたいことあるなあ、なんて」


「ま、また今度で……」


『ダメ』


 男相手なら庇護欲を誘う澄乃の懇願も、同性相手にはまるで通じなかった。

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