+58話『想いの詰まったプレゼント』
「食い過ぎた……」
「あれだけ食べればねえ」
すぐ隣から呆れ混じりの声が聞こえる。
豪華な夕食に続いてデザートのケーキも見事に食べ切った雄一なのだが、さすがに少し胃袋が苦しい。単純な総量だけでいっても普段の食事より多かったので、甘い物用の別腹をもってしてもキツかった。
「そういう澄乃だって、途中からなんか楽しくなってなかったか?」
「さてと、使い終わった食器は片付けるねー」
「もしもし澄乃さん?」
膨らんだ腹をさすりながら半目で澄乃を見やるが、どこ吹く風と言わんばかりにさらりと流される。ひゅーひゅーと微妙に
確かに自分の
とはいえ、恋人から手ずからあーんをしてもらって嬉しくない男などいるわけもない。結局雄一も楽しんでいた面の方が圧倒的に大きいので、キッチンで揺れる銀色に心からの感謝の念を送る。
その後、食後のお茶などで胃袋を落ち着かせていると、頃合いを見計らったように澄乃が部屋の片隅に置いていた自分のバッグを引き寄せた。
中から取り出したのは、片手では両端がはみ出すぐらいの長方形の品。濃紺のラッピング用紙の上から金と銀のリボンで丁寧に結ばれていた。
「はい、今年の誕生日プレゼント」
優しい微笑みを浮かべる澄乃。『今年の』という修飾が、当たり前のように今後も祝ってくれることを示唆しているようで頬が緩んでしまう。ともかくまずは今年の分の幸福をしっかり享受せねばと思い直し、「ありがとう」と返してプレゼントを受け取った。開けてみてと目で訴えてくる澄乃に頷き返し、リボンとラッピング用紙を丁寧に解いていく。
中央を白の一本線が横切る黒い箱。書かれた英語はメーカーの名前だろうか。それこそ宝箱かのようにゆっくり箱を開けていくと、中には一本の棒状のものが収められていた。
やや丸みのある洗練されたシンプルさに、光沢のある深い藍色。どこか澄乃の瞳と似通っているせいか、その色合いが一目で気に入ってしまう。
さっそく手に取り、片側の出っ張った部分を親指でカチカチと押してみる。
「ボールペン……いや、シャーペンか」
「うん。形に残るものってことで色々悩んだんだけど、これなら学校でも気兼ねなく使えるでしょ? そろそろ受験勉強とかも大変になってくるだろうし、それの手助けになればなって」
「なるほど」
試しに鞄からノートを取り出して、自分の名前をフルネームで書いてみる。まるで最初から雄一のために作られたかのように手に馴染み、なんとなく普段よりも文字自体が上手く書けたような気さえしてくる。さすがに錯覚だろうけれど、そう思えてしまうぐらいの抜群の書き心地を誇っていた。澄乃の見立ては見事だ。
「大事に使わせてもらうよ、澄乃」
これならば俄然、勉強にも身が入るというものだ。続けざまに『ありがとう』と書いて澄乃に見せると、彼女は小さく笑って雄一の方へ身体を傾けた。雄一もまたそれを迎え入れるように腕を広げ、澄乃の肩をそっと抱き寄せる。
ぽてん、と雄一の肩口に預けられる澄乃の頭。指通りなめらかな銀髪を梳きながら丁寧に頭を撫でると、澄乃は心底心地良さそうに喉を鳴らし、もっとと言わんばかりに身体を揺らす。
たくさん尽くしてもらったことだし、それぐらいはお安い御用。撫でる動きはそのまま、空いていたもう一方の腕を澄乃のほっそりとした腰に回し、やんわりと抱き締めた。
鼻腔をくすぐる甘い香りと、耳を揺さぶる熱のこもった吐息。しばらくそうして大切な存在が腕の中にいる感触に浸っていると、不意に服の胸元がくいっと引かれた。
控えめなのになぜか逆らえない力加減に誘われるまま、すぐ近くにまで迫っていた澄乃の顔を覗き込む。何度見ても息を呑んでしまうほどに整った顔立ちは雄一への飽くなき想いで彩られていた。
汚れを知らぬ、あどけなさすら感じる少女のようで。
男を誘う、魔性の誘引力を備えた女性のようで。
その二面性の魅力に抗えるはずもなく、雄一は無意識に差し出されたであろう桜色の唇に自身のそれを躊躇いなく重ねた。
普段よりもとびきり甘く感じるのは、ケーキの後味のせいだろうか。そうでなければ説明がつかないぐらいに濃厚な甘さを感じ、さらに求めようと唇を押し当てる力を強めてしまう。けれどそれは澄乃も同じらしく、雄一に負けじと首を伸ばし、わずかな隙間すらも許さないように唇を押しつけ合った。
まだ重ねるだけの域を出ていないのに、もっと深く、さらにその先の行為にまで進んだらどうなってしまうのか。
今までなら、その最後の一線だけは踏み越えないようにと足を止めていた。
――でも、今夜は。
唇を離して正面から澄乃を見つめる。様々な感情で揺れる藍色の瞳は恐ろしいほど綺麗で、目が離せない。
「……あのね、雄くんへのプレゼント……もう一つあるの」
「……ああ」
知ってる。約束だから。クリスマスの日から――いや、もっと前から、ずっと待ち焦がれていたものだから。
「先に風呂、入るよな?」
「……うん」
雄一の問いに澄乃はこくんと頷いた。顔全体を真っ赤に染めて俯いてしまう澄乃の額に優しい口づけを降らし、雄一は立ち上がって浴室へと向かう。もちろん、貰ったシャーペンを学校で使う筆箱にしまうのは忘れない。
風呂掃除には、いつもの倍の時間がかかってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます