第27話『少しずつ』
オリエンテーションの日から数日が過ぎ、いつもと同じ日常を迎えた放課後。掃除当番である雄一は大きく膨らんだゴミ袋を肩に担いで、校舎裏のゴミ捨て場へと向かっている最中だった。
あの後、無事に澄乃を救護担当の教員の下に送り届けた雄一だったが、波乱は終わってはくれなかった。澄乃を受け渡すや否や何人もの人間――主に男子――に囲まれ、全方向からの質問攻め。今まで何をしていたのかを根掘り葉掘り問い質される羽目になったのだ。色々あって何だかんだで疲れていた雄一にとっては、さすが頭が痛くなってしまう状況であった。
まあ彼らからしてみれば、気付いたら雄一と澄乃が二人して姿を消していて、やっと戻ってきたと思ったら、おんぶという一部の男子が羨ましがることこの上ない状態で姿を現したのだ。おまけにある程度は汚れを落としたものの、澄乃は泥だらけ。色々と気になってしまうのは仕方ないだろう。
こういう場合は下手に隠すよりある程度情報を与えた方が落ち着くだろうと判断した雄一は、事の顛末を正直に話した。もちろん澄乃の過去にまつわる話に関しては伏せて、あくまで崖から落ちた彼女を自分が助けたという部分だけではあるが。
本当にそれだけか、何か恋愛的なアレコレはなかったのかと疑われもしたが、そこは毅然とした程度で「何も無い」と突っぱねた次第である。
――告白紛いの言葉でお互い赤面したことは恋愛的アレコレに該当するかもしれないが、別に話す必要性は無いだろう。雄一としても、あの時の顔を真っ赤に染め上げた澄乃はいつもと違った可愛らしさがあって、こっそり自分の胸の内だけに閉まっておきたいという欲もあったりする。
ちなみに澄乃の容態だが、雄一の応急処置が功を奏したようで大事にはならず、今日の朝にはもう完治と言っていい状態になっていた。せっかくの綺麗な足、これといった傷跡も残らないようで安心だ。
「よっと」
肩からズレ落ちそうだったゴミ袋を担ぎ直し、雄一は校舎裏へと続く人気のない角を曲がる。しかし、曲がった先で二つの人影を捉えたところで即座にUターン、素早く角に身を隠した。というのもその人影が男女のペアであり、雰囲気的にどう考えても告白現場だったからである。
幸いすぐに身を隠したおかげで、こちらの存在は相手に気付かれていないようだ。少しだけ顔を出して曲がり角の先に目を向ける。
そこにいたのは、紫がかった銀髪をそよ風で優雅に揺らす美少女――澄乃と。
(……竜宮?)
オリエンテーション実行委員長――催し自体は既に終わったので正確には“元”委員長か――である眼鏡の似合う理知的な男子生徒――竜宮であった。
彼もオリエンテーション当日に足を怪我した身だが、こちらも澄乃と同様に既に完治している。そもそも澄乃よりも怪我の具合が軽かったのもあり、治りは竜宮の方が早かったぐらいだ。
(この組み合わせってことは完全に告白現場だよな、これ……)
竜宮が澄乃に想いを寄せているのは雄一も知っている。なにせ本人から直接聞いたぐらいなのだから。そんな人物が意中の相手を人気の無い場所に呼び出してすることと言ったら、どう考えても愛の告白しかないだろう。
(まいったな)
今の雄一はゴミ捨て場に向かう真っ最中。そこに向かうためには二人のいる場所を突っ切らなければいけないのだが、さすがに今の状況に割って入るのは酷だし、雄一もそんな図太さは持ち合わせていない。かと言って別ルートでゴミ捨て場に向かおうにも、校舎をぐるりと回って反対方向から行く羽目になるので意外と時間がかかる。この後にも頼まれ事が控えている身としてはさっさとゴミ捨てを片付けたいので、できれば手短に終わってくれるとありがたいのだが……。
さすがに自分勝手なお願いかと雄一が思っていると、視線の先で竜宮が動く。腰を深く折って一礼し、自身の利き手である右手を澄乃に差し出す。
「白取くん、君のことが好きだ! もし良ければ、僕の恋人になってはくれないだろうか……!」
潔い竜宮らしい、どストレートな告白。
オリエンテーションの時も委員長として精力的に動いていたことから分かるように、竜宮は責任感の強い人間だ。良い人柄だと思うし、顔だってどちらかと言えば整っている部類に入るだろう。
案外成功するんじゃないかと雄一が思っていると、今度は澄乃の方が動いた。
「……ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど、お断りします」
深く頭を下げて、やや躊躇いがちながらもはっきりと断りの言葉を口にする。
数秒の沈黙の後、先に頭を上げたのは竜宮の方だった。
「――そう、か。分かった。こんなところに呼び出してすまなかったね」
「ううん。私の方こそ……本当にごめんなさい」
「気にしないでくれ。僕が勝手に告白しただけなのだから、それを受け入れるかどうかは君の自由だ。それにあれだけきっぱり断られれば、諦めもつくというものだよ」
言葉こそ前向きなものだが、竜宮が落胆しているのは遠目から見ても明らかだった。近くにいる澄乃は余計にそれを感じているのか、所在なさげに視線を彷徨わせている。
「最後に一つだけ……理由を訊いてもいいかな?」
ズレかかった眼鏡を直した竜宮の問い掛けに、雄一の眉がピクリと反応した。
今の状況は、いつだったか雅人に聞いた話と似通っている。ゴミ捨てに向かう最中に告白現場に出くわして、そこでは澄乃が相手からの告白を断っている。その理由となる言葉は――
『私なんかよりもっと良い人がいるから』
明確な自己否定の言葉。
オリエンテーションのあの日、雄一は澄乃が抱えている問題の一端を垣間見た。そしてその上で、少しずつ前向きになって欲しいという旨の言葉を送った。雄一の想いは少なからず澄乃に届いたとは思うが、実際はどうなのだろうか。
澄乃の過去にまつわる問題は、恐らく雄一の想像以上に根が深い。たった数日で好転することはないはずだ。
それは重々承知しているはずなのに、雄一の心には自己否定の言葉を聞きたくないという想いが膨らんでいた。
澄乃が自分を卑怯者だと断じた時の、今にも壊れそうな儚げな笑み――もう、あんな顔をして欲しくない。
どこか祈るように空を見上げた雄一の耳に、ややあってから可憐な声が届いた。
「……気になる人が、いるの」
それは芯の通った、紛れもない本心からの発言のように思えた。
「好きな人がいる、ということかい?」
「その……正直、自分でもまだよく分からない。好きっていうほど明確なものじゃないけど、ただの気のせいってほどでもなくて……」
「……そうか」
脱力したように息を吐く竜宮に、澄乃はまた頭を下げる。
「本当にごめんなさい。断っておきながら、こんな中途半端で……」
「さっきも言った通り、受け入れるかどうかは君の自由さ。こうして向き合ってくれただけで満足――とは言えないけど、十分だよ」
最後に薄く笑みを浮かべた竜宮は足早にその場を去った。雄一のいる方に歩いてきたので一瞬ひやりとしたものの、上手い具合に物陰に隠れてバレずに済んだようだ。
竜宮が去った後も澄乃がそこから離れる気配は無い。気持ちを落ち着ける時間を欲しているのか、校舎の壁に寄り掛かって空を見上げている。
(まあ、ぼちぼちいいか)
とりあえず告白も終わったことだし、そろそろ出て行っても大丈夫だろう。そう判断した雄一は、たった今通りかかったという体で物陰から姿を現すことにした。
突然の雄一の登場に目を丸くした澄乃だが、雄一が携えたゴミ袋を見て得心がいったように目を細める。
「そっか、今日は英河くんの班が掃除当番だったね。お疲れ様」
労いの言葉をかけてくる澄乃に「おう」とだけ返してゴミ捨て場に行こうとする雄一だが、ただ通り過ぎるだけのも何となく後ろ髪を引かれる気がして、思わず澄乃に声をかけてしまう。
「白取はどうしたんだ? こんなところで」
我ながらなんて白々しい発言だろう。何せ今の今まで、一部始終とまではいかなくとも、大体の流れを見届けてしまったわけなのだから。
けれどそんなことを知る由もない澄乃はどこか曖昧な表情を浮かべて頬をかいた。
「あー、実は、その……ここに呼び出されて、告白されちゃったの。断ったんだけどね」
気まずさと照れ臭さがおよそ七対三ぐらいでブレンドされた笑み。想いの丈をぶつけられたことの恥ずかしさよりは、それを断ったことへの負い目が強いのだろう。
「モテるってのも大変だな」
「大変……とまでは思わないけど、毎回断る時はやっぱりちょっと申し訳ないかな」
大変だと言い切らない辺り、やはり澄乃は心優しい人間と言えるだろう。身も蓋もない言い方だが、告白なんて突き詰めれば片方が勝手に気持ちをぶつけるだけの行為でしかない。竜宮の言った通り、その勝手にぶつけられた気持ちに応えるか否かは受け手の自由だ。本来ならどんな返事をしたとしても、誰からも文句を言われる筋合いなんてない。
それでもこうして相手への申し訳なさを感じる澄乃の心は、彼女の美点の一つだと思える。
「ねえ、英河くん?」
「ん?」
軽く勢いをつけて寄り掛かっていた壁から離れた澄乃が雄一の目前に進み出た。ふわりと広がる銀髪から、ほのかに甘い花のような香りが漂う。
その源である澄乃は少しいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「何で断ったと思う?」
「何でって……」
――気になる人がいるからだろ?
とは、さすがに言えない。いきなり正解ドンピシャの答えを出してしまったら、さすがに覗いていたことが露見しかねない。
平静を保ちつつ悩む素振りを見せる雄一だが、すでに正解が分かり切っているクイズに正々堂々挑むフリをしなければならないなんて、地味に苦行だ。それともあれか、覗いてしまったことへのささやかな罰でも当たったのだろうか。
ほんの少しだけ時間も置いた後、雄一は誠に勝手ながら卑怯な手を使わせてもらうことにした。
「分からん。正解は?」
ゴミ袋を下ろして両手を肩より少し上に挙げた、降参の姿勢。三十六計逃げるに如かずと言わんばかりに、雄一は早々に考えることを放棄した。
そんな雄一の態度に澄乃はほんのりと不満げに頬を膨らませた。
「諦めるの早くない? まだなんにも答えてないのに」
「分からないんだから仕方ないだろ。で、正解は何なんだ?」
本当は知ってるけど、という呟きを胸にしまいつつ、澄乃に正解を発表するように促す。
「――自分でもまだよく分からない、かな?」
「なんだそりゃ。じゃあ正解なんて無いじゃないか。出題者としてそこら辺どうなんでしょーか?」
クイズの粗を指摘するように唇を尖らせた雄一に、澄乃は「ごめんなさい」と愛らしい笑みを浮かべる。
実際のところ澄乃の言葉通り、まだ自分の中で気持ちの整理がついてないのだろう。彼女の抱えている問題はそう容易く解決はしない。まだしばらく時間がかかるとは思う。
それでも――
「どうかした?」
「……いや、何でも」
夏の到来を感じさせる強い日差し。そんな中でも負けないぐらいに輝く澄乃の笑顔。
曇りのない清々しさを感じる笑みを前にして、雄一は満足げに肩の力を抜いた。
【後書き】
まず初めに、フォローや☆評価、♡応援などなど誠にありがとうございます!
これにて第1章は終わり、次回からは第2章となります。第2章からはタイトルにもあるじれったい恋愛要素マシマシで進んでいくので、今後ともよろしくお願いします。
もしよろしければ感想や☆評価、♡応援など頂けると幸いですm(_ _)m
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