+50話『声援』
「くっそ、あと一点だったのに……!」
「ふっふー、僅差だろうと何だろうと勝ちは勝ちだよー」
エアホッケー対決は澄乃に軍配が上がった。
元々運動面でも特に不得手のない澄乃だが、先ほどの勝負では何度か神がかった反応を発揮して雄一を翻弄。雄一も意地を見せてなんとか喰らい付いたのだが、最終的には澄乃に一歩及ばずの結果となった。
なまじ身体を動かす勝負事には自信があっただけに敗北感が大きい。本人の言う通り今日の澄乃はなかなかに手強いが、かといってそう易々と引き下がるのも悔しいものがある。
「澄乃、もうひと勝負だ。方法は任せる」
「リベンジする気満々だねえ。じゃあ……あれ、太鼓の
「音ゲーか。望むところだ」
雄一は二つの太鼓が横並びで設置された筐体へと勇んで向かい、そんな雄一の後を澄乃も楽しそうな笑顔で続いた。
それからしばらく、音ゲー、レース、クイズと様々なジャンルを勝負がてら総なめしていく二人。一旦小休止を挟んで次はどうしようかと考えていた、そんな時だった。
「あー、おっしいー!」
「次オレ、次オレの番だかんなっ!」
元気の良い子供たちの声が雄一の耳に届く。手を引かれるように声のした方を覗いてみれば、そこには一台のパンチングマシーンの筐体と数人の男の子たちがいた。
恐らくそろそろ中学に上がるであろう年齢の彼らは、筐体を取り囲んで代わる代わるゲームに興じていた。これまでには見たことのない機種なので、最近入荷したばかりの新作なのだろう。
ゲーム画面に表示される結果に一喜一憂している子供たちを眺めていると、ふと隣の澄乃が興味深そうな表情を向けていることに気付く。
「空いたらやってみるか?」
「うん、やってみたい」
わくわくとした面持ちで澄乃は頷いたので、筐体から少し離れたところで子供たちが終わるのを待つ。ちなみに、さすがにパンチ力で負けることはないので勝負は一旦保留だ。
少しして子供たちが遊び終えたところで、まずは澄乃が筐体の前に立った。硬貨を投入、両手にグローブを装着し、難易度は一番易しい『イージー』を選択。世界を守るヒーローとなって平和を脅かす脅威に拳で立ち向かえ、という設定のゲームらしく、壮大かつヒロイックなBGMと共に、『イージー』の相手である銀行強盗が画面に映し出される。
三発のパンチで規定のスコアを上回ることができればゲームクリア。簡単なルール説明も終わり、『MISSION START!』と大きく表示されたところで澄乃はほんのりと眉を寄せた。
「こ、これってどういう風に打てばいいの?」
どうやらこの手のゲーム、というかパンチを打つこと自体初めてなご様子だ。華奢な身体に不釣り合いな大きなグローブを着けておろおろする姿はなかなかに可愛らしい。
「えっとだな、まずは足を肩幅より少し狭い程度に開く」
本当なら肩幅と同程度に開くところだが、澄乃はスカートなので少し減らしておく。
「で、利き足を後ろに引いてパッドに対して半身に構える。パンチを打つ時は腰回りを意識した方がいいな」
「腰? 腕じゃなくて?」
「ああ。腰を回せば、腕は自然と前に出る。後はその流れに逆らわずに拳を真っ直ぐ突き出して――ドン」
「どん」
手本で見せた雄一の動きをなぞるように、澄乃はグローブを前へと突き出した。少しへっぴり腰な気もするが、言いたいことは伝わっただろう。何度か同じ動作を繰り返した後、澄乃は真剣みを帯びた表情でパッドへと向き直った。
かくして、ヒーロー・スミノの記念すべき最初の一発目。
すでに自分なりの感覚を掴んでいたのか、思いのほか様になったポーズで繰り出された一撃はパッドに当たる。だが勢いは少し物足りなく、与えられた衝撃に連動して進行していくゲーム画面では、相手の銀行強盗が軽く仰け反るぐらいのリアクションをしていた。恐らく衝撃に比例して吹っ飛び具合が変わるのだろう。
続けて二発目、三発目と打ち込まれていく澄乃のパンチ。結果、惜しくも規定のスコアを上回ることができず、まんまと銀行強盗には大金を持ち逃げされてしまった。
「あはは、やっぱ難しいねー」
結果としては残念なものに終わってしまったが、端整な顔立ちはすっきりとした爽快感で彩られている。そのままグローブを外して雄一の方へと差し出すと、澄乃はどこか期待に満ちた眼差しで見上げてきた。
「それじゃあ雄くん、お手本お願いします」
「任せろ」
むしろ望むところ。力強く答えてグローブを受け取ると、さっそく準備を整えて難易度の選択に移った。
さて、どうしたものか。
澄乃と同じ『イージー』を選んで敵討ちというのも悪くないが、好きな人の手前、男としては少しでもかっこいいところを見せたくもある。迷った末、雄一は一番難易度の高い『ハード』を選択した。
澄乃が「わー」と声音を高くするのを小耳に挟みつつ、画面に流れるストーリーの概要へと目を走らせる。『ハード』の相手は突如として出現した凶暴な超巨大ゴリラだ。『MISSION START!』の表示の後にこちらへ咆えてくるゴリラをひと睨みし、雄一は一旦目を閉じた。
精神統一。深呼吸によって身体の余計な力を取り除き、利き足を引いて構えを取る。やがて心身共に充実した瞬間に目を見開くと――
「っし!」
短い掛け声と共に、雄一は勢い良くパンチを繰り出した。鋭いストレートはパッドの芯を的確に捉え、ドゴンと鈍い音が筐体の周囲に響く。
我ながら会心の一撃。それを裏付けるかのように、画面内のゴリラは身体をくの字に曲げて大仰にうずくまっていた。
少し可哀そうな気もするが、ここで手を抜いたりはしない。続く二、三発目も渾身の力を込めて叩き込めば、見事ゴリラを撃退することができた。
「おー、さすが雄くん! ヒーローショーやってるだけあってすごいね!」
叩き出されたスコアを見て純粋な表情で喜ぶ澄乃。そんな顔を引き出せたことが嬉しくもあり、手放しの称賛を送られて少し気恥ずかしくもある。
むず痒い充足感を覚えながらグローブを外そうとした、その矢先。
「兄ちゃん、なんか始まってるよー?」
「え?」
自分たちのすぐ後に始めた雄一たちを見物していたのか、先ほどの子供たちが画面を指差して声を上げた。「教えてくれてありがとな」と返し、雄一は改めて画面へ向き直る。
表示される『EXTRA MISSION!』という文字列。察するに、一定以上のスコアを出したプレイヤーへの特別ゲームなのだろう。一体何が相手なのかと眺めて……思わず雄一の頬は引き攣った。
「いやスケールがデカくなり過ぎだろ……」
次の相手――まさかの衛星軌道上の軍事衛星である。悪の組織に乗っ取られた衛星から地球へ向けて極太ビームが放たれたので、ヒーローの拳でそのビームを押し返せとのことだ。ヒーローだからといって無理難題を押し付けれてくれる。
「あ、これ一発勝負みたいだよ?」
「マジか」
澄乃の指摘通り、こちら側に許されたチャンスはたったの一回のみ。三発勝負なら最初でミスっても後半で盛り返しようがあるが、それが許されないとなると地味に厳しい条件だ。
おまけに数えて四発目のパンチともなれば、多少なりとも腕だって疲弊してくる。
果たして無事地球を守ることができるのか。内心では迷いが生じつつも、今一度パッドを前に構えを取る雄一。
そんな中、ふと隣の澄乃を見ると、彼女は雄一を見返して淡い笑みを浮かべる。
「がんばって」
――全幅の信頼をのせた声に、不思議と力が湧き上がった。
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