+49話『今だからこそできること』
ひとたび学校が始まれば時が過ぎるのは早いものであり、気付けばそろそろ二月に差し掛かろうとしていた。高二の三学期ともなると本腰を入れて受験勉強に取り組む生徒も増え始めるので、わずかではあるが学年全体の雰囲気には硬いものが混じりつつある。
そんな中、元々高水準の学力を維持している澄乃はもちろん、彼女の影響を色濃く受けて日頃の勉強に力を入れるようになった雄一は、比較的ゆったりとした日々を過ごしていた。無論、進路についての悩みが一切無いわけではないが、成績云々で選択肢を狭めることにはならなさそうなので、ひとまず安心できると言っていい。
今日も今日とて学生の本分を全うした土曜日の放課後、雄一と澄乃はショッピングモールのフードコートにいた。澄乃から『制服デートしてみたい』という可愛らしい要望を頂き、思い立ったが吉日と言わんばかりにこのモールまで足を運んだのだ。土曜は半日授業で時間に余裕があるので都合が良かったというのも理由の一つである。
「んー、美味しい……!」
雄一の対面の席に座る澄乃は今しがた購入したばかりのクレープを頬張ると、幸せそうな表情で舌鼓を打った。クリームとフルーツたっぷりの一品は甘い物好きの女子高生に好評らしく、ぱくぱくと小気味よいペースで口の中へ送り込んでいく。
そんな澄乃の様子に心温まるものを抱きつつ、雄一もまたビターなチョコソースのかかったクレープに口を付けた。
澄乃に請われるまま制服デートに繰り出したわけだが、こういった着飾らないデートというのも悪くない。制服のまま遊ぶとなると、今までに澄乃と経験したのは放課後に寄り道程度のあっさりしたものだったので、今日は時間の許すかぎり遊び倒すつもりだ。
そもそも肝心のデート相手は、誰もが振り返るような美少女である澄乃なのだ。たとえどんな服装であっても華やかな容姿は衰えを見せず、澄乃が着れば何の変哲もないブレザータイプの制服ですら有名デザイナーの傑作とも思えてしまう。
当然それだけ人目を引くわけで、周囲の、とりわけ異性からの注目を集めている。もし雄一が席を外せばナンパの一つや二つでもされそうな雰囲気だ。
こりゃ是が非でも離れるわけにはいかないな、と雄一が気を引き締め直していると、もぐもぐと口を動かしたままの澄乃が雄一の手元へ視線を向けた。
「雄くんが買ったのって何だっけ?」
「チョコバナナ。一口いるか?」
「うん、ありがとう。あーむ――……ん、こっちも美味しいー。雄くんも私のいる?」
「んじゃ一口」
澄乃から差し出されたクレープに躊躇せず口を付ける。
食べさせ合いや間接キスにもだいぶ慣れた。もちろんむず痒い感覚が無くなったわけではないが、少なくとも表面上動じないぐらいには気持ちをコントロールできるようになっている。
……というか、いい加減その程度であたふたするわけにもいくまい。なにせこのまま予定通りいけば、あと一ヵ月ほどで雄一の人生史上最大の
ほのかに頬を朱に染めて雄一の食べた跡に噛み付く澄乃を見ながら、雄一は色んな意味で今一度気を引き締めるのだった。
フードコートから場所を移し、二人はモール内のゲームセンターに足を運んだ。雅人や紗菜とたまに遊びに来るので雄一にとっては割と勝手知ったる場所なのだが、どうやら澄乃は初めて訪れた場所らしく、周囲の喧噪を物珍しそうな目で眺めている。
「どうする? 何かやりたいのあるか?」
「うーん、と……」
きょろきょろと立ち並ぶゲーム機に目を走らせる澄乃。その拍子に艶めいた銀髪がふわりと揺れ、雄一の鼻腔を甘い香りがくすぐった。
「――あっ。雄くんあれあれ、私あれやりたい!」
声を弾ませる澄乃に連れて行かれた先にあったのは、一台のクレーンゲームの機械だった。クレーンゲームと言えば、お菓子やフィギュア、はたまた家庭用のゲーム機など多種多様な
「……ぐれぱんだ?」
ゲーム機の中に貼られたポスターの文字を雄一は読み上げた。
どうやらそれが、あっちこっちで不貞腐れるようにうつ伏せで寝そべっている彼らの名前らしい。その名の通り、確かにグレているように見えなくもない。感情の読めない黒一色の
(澄乃ってちょっと変わった趣味なとこあるよなあ)
という感想を抱きつつ、さっそく硬貨を投入してゲームを始める澄乃を見守る。彼氏としてはぬいぐるみの一つや二つ取ってあげたくなるが、澄乃がやりたくて始めたクレーンゲームなのだ。ここは本人の好きなようにさせるのが最善だろう。
実のところこの手のゲームの経験には乏しい雄一なので、澄乃が自力で勝ち得てくれることを密かに祈っていたりもする。今さらながら、多少なりとも練習してこなかったことが悔やまれる。
「んー……なかなか持ち上がらない……」
雄一の小さな後悔をよそに、澄乃のチャレンジは三回目に及んでいた。それなりに良い位置取りでぬいぐるみ本体にアームを差し込んでいるようにも見えるが、そこはクレーンゲームの常、持ち上がりそうで持ち上がらないという歯痒い結果が続いている。
「アームの爪をタグに引っかけるって方法もあるらしいぞ」
「あ、なるほど。なら次は――」
軽いアドバイスを送ってみれば澄乃は柔軟に対応し、慎重な手付きでアームを操作していく。こういった吸収力と順応力の高さが、澄乃の高い学力を支える要因なのかもしれない。
それから数回のチャレンジを経てついにアームの爪がタグに引っかかり、ぬいぐるみを目線の高さまでゆっくりと持ち上げていく。そのま連れて行かれる様子を固唾を飲んで見守っていると、ぬいぐるみは無事に取り出し口へ繋がる穴の中へと姿を消した。
「取れました!」
「お見事」
得意気に胸を張る澄乃を拍手で称える。
「ありがとう、雄くんのアドバイスのおかげだよ」
「いやいや、澄乃が上手いんだと思うぞ? 見事な手際だった」
「えへへ、そう? 私って意外とゲームの才能あるのかも」
「ほほう。なら今度は対戦系でもやってみるか? あっちにエアホッケーとかあるぞ」
「その挑戦受けた。今日の私は手強いよー?」
不敵な笑みを浮かべる澄乃を連れて、ゲームセンターへの奥へと進んでいく。楽しいゲームの時間はまだ始まったばかりだ。
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