エピローグ『君の笑顔と共に』

 四月に入り、春休みも残すところ後わずか。じきに始まる高校生活最後の一年間に向けて準備しつつ、恋人である澄乃との時間も大切にしている、そんな日の昼下がりのこと。


 雄一と澄乃の二人はとある喫茶店の店内にある、四人掛けテーブル席の片側に並んで座っていた。洒落た内装の店内には控えめなジャズがBGMとして流れ、コーヒーや軽食を前に優雅に会話を楽しんでいる様子が各所で見受けられる。


 全体的にどことなく上等な雰囲気が漂う店舗であり、メニュー表に記載されている値段もそこら辺のチェーン店に比べたら割高だ。普段だったら一番安いブレンドコーヒーにでもするところだが、この後に合流する人物から「気にせず好きなのを頼んでいいから」と念押しされているので、少々お高めのケーキセットをありがたく頂いている。


 味の違いが分かるようで分からないカフェオレのカップを傾けつつ、隣に座る澄乃へ視線を。セットで頼んだミルフィーユを口に含むや否や、へにゃりと目元を緩めている。店内の奥まったところにある席なので、彼女のゆるゆるな笑顔は一人占めだ。


 満足げな笑顔を横目で楽しみつつ、雄一もまた目の前に置かれたガトーショコラに舌鼓を打つ。しばらくそうしていると、不意にテーブルに置かれた澄乃のスマホがぶるりと震えた。どうやらアプリで経由でメッセージが届いたらしく、澄乃が内容を確認するのを見届けてから雄一は声をかける。


かすみさん?」


「うん。駅に着いたからもうすぐこっちに来るって」


 澄乃のそんな報告を受けて、雄一は人知れず背筋を正した。


 そう、待ち合わせの相手というのは何を隠そう、澄乃の母親である白取霞その人なのだ。じきに来る恋人の母親相手に失礼がないようにと椅子に座り直しながら、雄一はやや気後れしたように口を開く。


「ここまできて言うのもなんだけど、本当に俺も一緒でいいのか?」


 春休み中の霞の来訪自体は去年の内から決まっていた話だが、実のところ、雄一の同席は急遽決まった話だったりする。何せ澄乃と霞が直接顔を会わせるのは夏休みの一件以来なのだ。てっきり家族水入らずで楽しむものだと思っていたので、澄乃から――正確には言い出しっぺは霞とのことだが――同席を希望された時は軽く驚いてしまった。


「せっかくこっちに来るなら、雄くんとも会いたいって言ってたからねぇ」


「まぁ、二人がいいなら俺は構わないけどさ」


 今日は特に予定もなく暇を持て余していたので、ちょうど良いといえばちょうど良い。澄乃と恋人としてお付き合いさせてもらっていることも、すでに澄乃経由で知られてはいるが、改めて面と向かって報告させてもらうつもりだ。


 ――ところで、それにあたってなのだが。


「なぁ、澄乃。付き合ってますって報告するのはいいとして……こういうのってどこまで明かすべきなんだ?」


「え? どこまでって?」


「いや、だから、その……」


 視線をさまよわせながら言葉を濁す雄一。煮え切らない態度をしばし不思議そうに眺めていた澄乃だが、やがて「ああ」と得心がいった様子で頷く。その目がなんだか変に笑っている。


「私が雄くんにキズモノにされたことまでってことね」


 澄乃がぶっ込んできた発言に、雄一は盛大に吹き出した。もしカフェオレを口に含んでいたら、テーブル中に茶色のまだら模様が出来上がるぐらいの勢いである。


「澄乃さんや……人聞きの悪いことを言わないでもらえますからねぇ……?」


 雄一にしては珍しく、こめかみをピクピクと痙攣させながら澄乃に詰め寄る。澄乃はちゃっかり声を落としていたので人に聞かれることはなかったものの、仮に聞こえていたら雄一はとんだ鬼畜野郎認定されてしまう。


 無論、澄乃の純潔を奪ったのは紛れもなく雄一なので、そういう意味では彼女の発言に間違いはないのだが、もう少しオブラートに包んで欲しいところである。


「あはは、ごめんなさい」


 素直に謝ってくるということは、ほんのからかいのつもりだったのだろう。ちろりと舌を出して謝られた。悔しい、そんな可愛らしい小悪魔スマイルをされたら何も言えなくなってしまうではないか。


「……で、澄乃はどう思う?」


 切り替えて雄一は再度尋ねる。


 何せ雄一は大事な一人娘に手を出したのだ。もちろん無責任に事に及んだわけではないし、間違っても澄乃の中に命が宿るようなことにならないよう気を付けている。


 ただ何というか……さすがに自分の方から『しました』なんて明かそうとは思わないが、もし聞かれたら素直に白状した方がいいのではないかと、ちょっと思ったりもするのだ。


「まぁ、そこまで赤裸々に打ち明けなくていいんじゃないかな。さすがに恥ずかしいしねぇ……」


「……だよな。じゃあもし霞さんから探られた時は、とりあえず誤魔化すって方向で」


「でもお母さんに嘘つくのも嫌だから、正直に答えていいかも」


「澄乃さん!?」


 恥ずかしいという羞恥心はどこへすっ飛んだのか。思わず目を剥いて澄乃の方を見ると、とても無邪気な笑みを浮かべていらっしゃる。


「あの……心変わり早すぎません?」


「んー? いじわるな雄くんにはそっちの方がいいかなーって」


「ぐ……」


 口許を手で隠してほくそ笑む澄乃。……ちなみに今日の彼女の服装だが、タートルネックのニットにロングスカート、そしてデニールの濃い黒ストッキングと、春先でありながらもほとんど素肌が見えない構成となっている。そんなちょっと暑苦しくも思える服装をしている理由は、雄一もよく分かっている。


 ……ひょっとして、先日の夜に色々としたことへの仕返しのつもりなのだろうか。


「ふふふ、もしそうなったら責任重大だねぇ、雄くん」


 澄乃はなおもからかいの色の濃い笑みを絶やさない。そのままさっと周囲の様子に目を走らせた彼女は、他の客の視線が自分たちの方に向いていないことを確認し、雄一の方へ身を寄せた。


 テーブルの下で雄一の手に重ねられるなめらかな感触と、ふにょりと二の腕に当たるやわらかさ。視界の端で銀色の糸がさらりと揺れ、雄一の耳を甘い吐息がくすぐった。


「――私のこと、一生大事にしてくれるんだよね?」


 耳に唇を押し付けられ、頭の中に直接語りかけるように囁かれた言葉。たっぷりの信頼と愛情を込められた声色に雄一の背筋がぞくりと震えた。


 攻めっ気のある澄乃にたじろいで、しばらく彼女の顔を見れなくなってしまいそうで、けれど雄一は藍色の輝きを正面に捉える。たとえ恥ずかしくても、譲れないもの――伝えたいことはあるから。


「当たり前だ。澄乃のこと、絶対に大事にする」


「……えへへ、ありがとう」


 頬を薔薇色に染め、幸せだという気持ちをこれでもかと込めて微笑む澄乃。こてんと肩に頭を乗せるてくる彼女を受け入れ、雄一は静かに誓う。


 甘いものに喜ぶ、あどけない笑顔。


 人をからかう、小悪魔な笑顔。


 楽しさに溢れた、無邪気な笑顔。


 そして見ているこちらが嬉しくなってしまいそうな、幸せいっぱいの笑顔。


 白取澄乃という最愛の少女を彩るたくさんの笑顔と、これから先も、ずっと歩んでいこうと――。




【後書き】

 これにて今作『俺はただ、君のヒーローであり続けたい~笑顔の可愛い銀髪美少女とのじれったい恋物語~』は完全完結となります。ラノベに換算すると三、四巻程度の文量となりましたが、こうして最後まで読んで頂けて感無量です。よろしければ最後に感想や評価なりを頂けると幸いでありますm(_ _)m

 本当にありがとうございました!

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