エクストラ
EX1『寝ても覚めても』
「……ん」
腕の中のぽかぽかとした温もりと、雲の上を漂うような心地良い浮遊感の中、
慣れ親しんだ自分の部屋。室内を照らすのは常夜灯の微かなオレンジ色だけで、閉じたカーテン越しに見える外にもほとんど光が無い。ベッドのサイドテーブルに置かれた目覚まし時計に視線を向けると――深夜の二時半。
(変な時間に目が覚めたな……)
現在時刻を確認し、雄一は小さく息をついた。
まだまだ全然睡眠欲を満たせるというのに、やけに目がぱっちりしてしまったものだ。かといってベッドから起き上がる気の無い雄一はもう一度ふっと息を吐き、自分の腕の中へと視線を落とした。
――起き上がらないというよりは、起き上が
「……すぅ……ふぅ……」
雄一の腕枕を幸せそうに享受している最愛の少女――白取澄乃の寝顔を眺め、雄一の口許には笑みが浮かんだ。
高校三年生へと進級した雄一たちはゴールデンウィークを満喫中であり、その休みを利用して雄一宅でのお泊まりデートが開催された。昼過ぎに訪れた澄乃と映画などを見ながらまったり過ごし、頃合いを見計らって夕食、入浴……それから、まあ当然恋人らしい流れにもなって、今に至るわけだ。
まだ少し余韻の残る身体を動かし、雄一は澄乃の頬をそっと指先で撫でる。
もちもちすべすべつやつや。これまで何度も好きなだけ堪能したはずなのに、いつまで触れても飽きることがない。
じんわりとした温もりと柔らかな弾力を楽しみつつ、今度は狙いを澄乃の唇へ。潤いたっぷりでぷるぷるの唇をなぞると、澄乃の甘い吐息が雄一の人差し指をくすぐった。
「んっ……んん……ふ、みゅ……」
「っと」
規則正しい寝息が乱れたところで雄一はすぐに指を引っ込めた。
危ない危ない。可愛いからといってあまりちょっかいを出し過ぎると、せっかく夢の世界を満喫している澄乃を起こしてしまう。つい数時間前には雄一の欲をその一身で受け止めてくれたわけだし、休む時にはしっかり休ませてあげないと。
いたずらを止めて、代わりに澄乃の頭を優しく撫でる。
「ん……すぅ……ふぅ……」
寝息が再び一定のペースに戻り、ついでに澄乃の綺麗な顔立ちをほのかな笑顔が彩る。起きている時よりあどけなさを多分に含ませたその表情は、薄明かりの中でもまざまざと雄一の記憶に焼き付いていく。
なんというかもう、この笑顔だけでどんな壁をも乗り越えられる気がする。それだけ澄乃に首ったけだ。
「……ぅ、ん」
(ん?)
少しでも強く記憶しようと澄乃の顔を眺めていると、その唇が微かに動いた。もしかして何か面白い寝言でも漏らすのかと、ちょっとワクワクしながら耳をそばたてると――
「……ゆぅ、くん……すき……」
不意打ち気味に自分への愛が囁かれた。
ぞくりと震える全身と、一際強く脈打つ心臓。まさかと思って澄乃の顔を覗き込むけれど、依然として深い眠りに落ちていることは表情から読み取れる。
つまり完全無意識の、だからこそ裏表のないストレートな想い。
(うっわー……)
その破壊力たるや、なんと凄まじいことか。どれだけこらえても頬が緩み、自分がさぞだらしない顔をしていることが嫌でも分かる。
けど、仕方ないだろう。
こんなにも愛されていることが実感できて、感動するなという方が無理な話なのだから。
「俺も……愛してるよ、澄乃」
ただ同じ言葉を返すだけだと何だか負けた気がするから、より深く強い言葉を相手に送る。それから澄乃の背中と頭に手を添えて、彼女のことをゆっくりと胸に抱き寄せた。
寝ている以上、雄一の言葉が澄乃に届いたはずはない。けれど澄乃は――とても、とても幸せに溢れた緩やかな笑みを浮かべていた。
「……ん、んんー……?」
目を覚ました澄乃がゆるゆると瞼を開けると、目の前は真っ暗だった。どうやら何かに顔を
固いようで、頼もしさと力強さを感じる心地良さ。何だろうと思って顔を離した矢先、その正体を知った澄乃はへにゃりと眉尻を下げた。
「雄くん」
舌の上で転がすようにその名を呼び、大好きな恋人の胸にまた顔を寄せる。言うなれば雄一の腕の中は、彼と一緒に寝る時の澄乃の定位置のようなものだ。
「えへへ……」
腰と頭に添えられた雄一の手。寝ている間もしっかり自分を捕まえてくれている事実が、自分の身も心も全部雄一のモノだと言われているような気がして、澄乃の口許はだらしなく緩んでしまう。もちろん、自分の人生丸ごと雄一に捧げたいと言い切れるぐらいに彼のことを想ってもいる。
もしいつか、雄一から『一緒になろう』なんて言われた日にはどう答えようか。我ながら気が早いとは思うけれど、あらかじめシミュレートしておかないと、感動とか嬉しさとかで頭が沸騰して何も言えなくなってしまう気がする。
……まあ、とりあえず答えが『イエス』なのは決定事項だけれど。
将来的に来て欲しい未来に想いを馳せつつ、不意に欲が湧いて雄一のお腹に手を伸ばす。
手の平に感じるのは、引き締まった腹筋の感触。澄乃も体型維持の面などで適度な運動を欠かしていないからこそ、雄一がしっかり鍛えていることがよく分かる。
ひとしきり腹筋を撫で回した後に手を上へやり、今度は胸板の感触を味わう。ここももちろん、腕回りもたくましい。こんな雄一に力強く抱きしめてもらうのが、また幸せでたまらないのだ。たまらず寝る前の出来事を思い出してしまい、澄乃はその熱を逃がすように艶っぽい吐息をこぼした。
「……ん」
「わ」
いけないいけない。つい調子に乗って手を出し過ぎてしまった。うっかり雄一を起こさないように適度なところで我慢しておかないと。つい数時間前にはとろけるぐらいに幸せにしてくれたのだから、その分ちゃんと休ませてあげなければ。
でも、最後にもうちょっとだけ。
「んっ」
雄一の頬に唇を寄せて、ちゅっと音を鳴らす。
それからやっぱり定位置に落ち着いた澄乃は、恋人の温もりに浸るように瞼を閉じた。
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