+27話『初対面』
十二月三十一日。世間からはすでにクリスマスが消え去り、代わりに年越しムードが一挙に押し寄せる中、雄一は実家へと向かう新幹線の車内にいた。乗り込む前に買っておいた駅弁に舌鼓を打ちつつ、何となく車窓から流れる景色に目を向ける。クリスマスイブに降った雪は随分と少なくなっていて、今やその残滓も所々にしか見受けられない。新幹線の運行にも支障をきたさなくて良かった。
食べ終わった駅弁の空容器はゴミ袋代わりのビニールにしまい、一緒に購入した紙パックのお茶で一息つく。そして車窓とは反対、通路側の席へと視線をちらり。
「……大丈夫か?」
「だ、だだ、だだだだだいじょうぶ……!」
雄一の隣の席に座る銀髪の美少女――白取澄乃は、目に見えて分かるぐらいに緊張で震えているのであった。
――二十五日の午前中。父の晴信から急に持ち掛けられた、澄乃を家に呼べないかという提案。一体全体どうしてそんなことを言い出してきたのか、雄一には理解ができなかった。
いや、息子の彼女に会ってみたいという心情自体なら分かるのだが、それにしたっていきなり家に、しかも泊まりで招くというのは如何なものか。客観的に見て自分の家族は親しみやすい方だとは思うけれど、さすがにファーストコンタクトにしてはハードルが高いと思う。
まあ、晴信の誘いに『物は相談なんだが』という前置きがあった辺り、向こうもハードルの高さは理解しているだろうし、あくまで選択権は澄乃に委ねられていた。一応形式上、澄乃に晴信の言葉を伝えてみたものの、どうせ断られると思っていた――のだが。
「澄乃、とりあえずお茶でも飲め。それから深呼吸」
「う、うん、ありがとう……」
結果はご覧の通りである。未だにふるふると震えたままの澄乃の背中を優しくさすりながら、雄一は人知れずため息をついた。
決して澄乃のことを悪く言うつもりはないが、呼ぶ方が呼ぶ方なら、来る方も来る方だ。恋人の家族との初対面にここまで緊張するなら、もう少し段階を踏んでからにすればいいだろうに。
「あのな、そこまで緊張しなくていいんだぞ?」
「で、でも、雄くんのご両親と、あと妹さんとも初めて会うんだよ……! 粗相がないようにしっかりしないと……」
「粗相って……結婚の挨拶でもないんだから」
「け、結婚!?」
「いや、だから、そういうわけじゃ……」
だめだこりゃ。
少しの間そっとしておいた方がいいと判断した雄一は会話を中断し、澄乃の深呼吸を促すよう背中を撫でるだけに努める。
(それにしても……)
澄乃に余裕が無いのをいいことに、雄一は恋人の姿を丹念に観察していく。
今日の澄乃はとても気合いが入っていた。丁寧に手入れされたであろうサラサラの銀髪をハーフアップにまとめ、白磁のような素肌には薄い化粧も施さている。素材の良さを最大限に活かしたコーディネートからはいつも以上に大人っぽさが感じられ、見慣れた雄一ですらドキリとしてしまうほどの魅力を誇っていた。そんな綺麗で大人びた少女があからさまに
内面はさておき、外面に関しては準備万端。それだけの準備をしてきてくれたことがどこか嬉しくて、澄乃の背中を撫でる手に思わず気持ちが入る。こういう時こそ、最大限フォローしてあげるのが恋人としての務めというものだろう。
手始めに。
「ひっひっふー」
「澄乃それ違う」
変な方向に舵を取っていた呼吸法にツッコミを入れた。
何を産むつもりなのか。緊張か。それなら是非とも産み落としていってくれ。
事前に晴信から指定されていた駅の改札口から出ると、冷たい寒気が雄一の肌を刺激する。雪は降らずとも寒さは変わらず、むしろ年末にかけてピークを迎えているような気がしてならない。確か天気予報でも似たようなことを言っていたか。
それでも身体が心無し温かく感じるのは、澄乃からもらったマフラーのお陰だろう。本当に良いクリスマスプレゼントを貰った。
「ここからはバス? それとも歩き?」
隣の澄乃が両手にはーと息を吹きかけながら尋ねてくる。可愛い。思わず澄乃の手を温めるように自身の両手で包み込んでみれば、恥ずかしそうに目を伏せた澄乃は淡い笑みを浮かべた。
「車。父さんが迎えに来てくれるって。確かあっちに駐車場が――」
「おーい、雄一ー!」
もう少しだけ澄乃の手を労わってから向かおうとした矢先、雄一の背後から声がかかる。驚きのあまりパッと手を離してから振り返ると、手を上げながらこちらに向かって歩いてくる一人の男性がいた。
もちろん、自分の父親である晴信だった。
「こうして直接会うのは春休み以来だな。元気にしてたか?」
「ああ。そっちも元気そうで何より」
「家族皆元気だよ。というかお前、また背が伸びたんじゃないか? 遠くから見ても分かりやすかったぞ」
自分と雄一の頭に交互に手をかざして身長を比べる晴信。と、その視線が雄一の後ろでタイミングを窺う澄乃へと向けられた。
「ええと……君が雄一の彼女さん、でいいのかな?」
「は、はいっ! 初めまして、雄く――息子さんとお付き合いさせて頂いてます、白取澄乃です」
「雄一の父親の英河晴信です。すまないね、急に呼び付けるようなことをしてしまって」
「い、いえっ、ちょうど予定も空いてたので……。むしろお招き頂きありがとうございますっ」
「はは、ご丁寧にどうも」
にこやかに応じた晴信が澄乃に平手を差し伸べる。両者の間で握手が交わされる中、ふと澄乃の視線が少しだけ下を向いたことに雄一は気付いた。
「お腹大きいなー、とか思っただろ?」
「っ!?」
正解だったらしい。面白いぐらいに狼狽える澄乃に吹き出しそうになるのを我慢しつつ、雄一もまた晴信の腹部に目を向ける。
肥満体型に片足を突っ込んでいると言えてしまう、その腹回り。学生時代は柔道に打ち込んでいたらしく、その際に培った筋肉が脂肪に変換されてしまった結果というのが本人の弁。しかも身長も雄一以上にあるので、澄乃からしてみれば中々の存在感であることだろう。
「なんか去年よりも太くなってないか? 母さんにも言われてるだろうけど、酒はほどほどにな」
「大人には色々と付き合いもあるんだよ。それにちゃんと量は考えてる」
「どうだかなあ。母さんから聞いたぞ。今年の忘年会、ノリノリで安○先生のモノマネしてたって」
「――諦めたらそこで試合終了だよ」
タプタプタプタプタプタプ!
「ぷふっ!?」
顎についた肉を素早く手で上下させる晴信の姿に、雄一の隣から変な声が上がった。見れば俯いた澄乃が思いっきり肩を震わせている。元ネタ知っているかどうかはさておき、脂肪が高速で振動する様はツボに入ったらしい。
「さて、彼女さんの緊張も解れたようだし、そろそろ行こうか。向こうに車停めてあるから」
絶対狙ったわけじゃないだろ、という言葉は呑み込み、雄一は澄乃の手を引いて晴信の後を追った。
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