第33話『ラブコメの波動を感じる』
「あの、小柳さん」
テストを数日後に控えた昼休み。休み時間にも勉強に勤しむ生徒が増えてくる中、紗菜は購買地下の自販機コーナーを訪れていた。何を買おうかと手にした小銭を弄んでいると、横合いから控えめな声がかかる。
視線を向けた先にいるのは澄乃だった。
「どうしたの?」
「その……急で悪いんだけど、今日の放課後に時間貰えない?」
「放課後? 別に構わないけど……」
今の時期はテスト前なので部活動も休止期間に入っている。勉強以外にこれといった予定は無いし、テストへの準備にも比較的余裕のある紗菜としては多少時間を割くことは問題ではない。
しかし……微妙にしどろもどろというか、恥ずかしさを滲ませているというか、そんな澄乃の様子を見るにただの世間話ということではないだろう。
「でも雄一はいいの? 最近、放課後は二人で勉強してるらしいけど」
なんとなく目に留まった自販機に小銭を入れつつ、ふと思い出して澄乃に問い掛けた。
放課後の図書室で勉強している雄一と澄乃の姿は、実はちょっと噂になっていたりする。今まで男の影というものが一切無かった澄乃に、特別仲の良い異性が現れたということで。
色々と邪推している者をいるらしいが、やっていることはただの勉強会。紗菜も一度その光景を目にしたことはあり、二人とも真面目に試験勉強に取り組んでいた。
オリエンテーションの実行委員や席替えで隣同士になったとかで、最近は何かと接点の多い二人だ。その流れで勉強会を開くことになったとしても、まあおかしい話ではないだろう。
「それは大丈夫。英河くん、今日はちょっと用事があるとかですぐに帰るみたいだから」
「そっか。なら場所は……学食でいいかな?」
自販機コーナーの上に位置する購買の隣には、生徒と職員用の学食が併設されている。さすがに放課後にまでメニューの販売はしていないが、場所自体は開放されているので腰を落ち着けることは可能だ。図書室ほど静かではないものの、その分持ち寄ったものの飲み食いはできるので、そこで試験勉強を行う生徒もちらほら見かける。
「うん、それでお願い。あと、できればなんだけど……乾くんも呼んでくれないかな?」
「雅人も? まあ、あっちも部活は休みだから大丈夫だと思うけど……」
「本当? じゃあ、ちょっとお願いしてもいい……?」
「了解。あとで話つけておくよ」
両手を合わせる澄乃に返事をして、紗菜は購入したブラックの缶コーヒーを手に取った。
(ふむ……)
お呼びがかかったのは自分と雅人。その二人の共通点を考えれば、澄乃の持ちかけるであろう話が雄一絡みであることは明らかだ。
(これはひょっとして、ひょっとするかもしれないなあ……)
以前、雄一のことを質問した澄乃を茶化したことはあったが、あの時は冗談の域を出ていないつもりだ。
しかし今回の様子から考えるに――もしかして、冗談ではすまないのかもしれない。
「また放課後ね」と言って立ち去る澄乃を見送りつつ、缶のプルタブを引いてその中身に口をつける。
無糖のコーヒーのはずなのに、何故だがほんのりと甘さを感じた。
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