第39話『似た者同士』
澄乃との遊園地デート(仮)の朝が到来した。
アプリでのやり取りの結果、待ち合わせの時間は午前九時半、場所は遊園地の最寄り駅に。余裕も持って自宅を出た雄一は目的の駅へ行くための急行電車に乗り、ドア横のスペースで一息ついた。
そのまま電車に揺られながら、適当に窓から流れる景色を眺める。その内電車がトンネルに入ると、光の加減の変化で窓に自分自身の姿が鮮明に映し出された。
(悪くない、よな……?)
昨夜から何度も確認した今日のためのコーディネートを改めて観察して、雄一は当たり障りのない総評を自分に下した。
三日前の雅人の助言通り、今日の服装は手持ちの中から選び抜いたものだ。
ダークネイビーのスキニーパンツに清潔感を重視した半袖の白シャツ。その上から黒のベストを羽織り、アクセントとして細身の黒ネクタイも巻いてみた。首元まできっちりと締めるのではなく、少し緩めて遊びを持たせるのがポイントだ(雅人談)。靴はパンツに合わせたキャンパスシューズ、鞄は小さめのショルダーバッグを選択。夏らしく、全体的にすっきりかつ爽やかな印象でまとめたのが今日のコンセプトだ。
そして一番ネックだった髪型にも、もちろん手を加えてある。
雅人から貸してもらったヘアアイロンや元々持っていたワックス等を駆使し、長めだった前髪を後ろに流すことで目元をしっかりと露出させている。スタイルとしてはツーブロックが一番近いだろう。ワックスはまだしも、髪のセットにアイロンを使うことのなかった雄一としてはなかなかに新鮮な気分である。
無論、現状の髪型は朝に自分の手でセットしたものだ。三日前に雅人指導の下で完成させた時よりは幾ばくか精度が落ちているだろうが、まあ及第点と言っていいだろう。少なくともぱっと見で違和感は感じない。
もっとも、これで胸を張って澄乃の隣を歩けるかという話になると、まだ不安は拭えないのだけれど。
(まあ、あとはなるようになるしかないな)
一度外に出てしまった以上、ぐだぐだ言っても始まらない。雅人も「やるだけやったら、後は自信持って歩け」と言ってくれたことだし、その言葉を信じてデート(仮)に臨むことにしよう。
前髪の気になる部分をちょいちょいと直しつつ、雄一は引き続き電車に揺られていった。
「限定ドリンク販売中でーす! よろしければ是非お越しくださーい!」
目的の駅に到着して改札から外に出ると、近くのコーヒーショップの店員らしき女性が雄一を出迎えた。どうやら店の宣伝がてら割引クーポンを配っているようだ。
そちらを一枚受け取って駅前の広いロータリーに出ると、今度は夏の強い日差しが降りかかる。天気に恵まれたのはいいことだが、熱中症には気を付けないといけない。自分はもちろん、澄乃も含めて。
辺りに視線を巡らせると、駅ロータリーの各所に設置されたバス停が見受けられる。その中の一つから遊園地行きのシャトルバスが出るので、澄乃と合流したらそれに乗るつもりだ。
待ち合わせ場所である大きなオブジェの前に辿り着いたところで、雄一はオブジェに設置されたアナログ掛時計を眺める。
短針は“8”と“9”の中間あたりを差していて、長針の方はあと二、三分程度で“6”の数字と重なる頃合い。
――現在時刻、午前八時半ちょっと前。そして待ち合わせの時間は午前九時半。
その事実を正しく認識したところで、雄一は額に手をやって空を仰ぎ見た。
(早く来すぎた……!)
元々早めに到着するつもりではあったが、それでも十五分前行動とかそれぐらいのレベルであり、さすがに当初の予定のざっと四倍にまで膨れ上がることになるとは思わなかった。
原因は、まあ、いくつか心当たりはある。
目覚ましより早く起きてしまったこととか、家で待っているのも落ち着かないから早々に出掛けてしまったこととか、何故だかいつもよりだいぶ早足になってしまったこととか。気付いていないだけで、実はもっと他にもあるかもしれない。
とにもかくにも、そういった様々な要因が積み重なった結果がこれである。
(遠足前の小学生か俺は……)
リュックサックに水筒を携えた自分の姿が思い浮かびそうになったところで、かぶりを振ってそのイメージをかき消す。
まあ、早い分には問題ないだろう。割を食うのは自分だけだし、澄乃に迷惑もかからない。
それに幸いここは駅前だ。ファーストフード店なり駅に隣接しているデパートなり、時間を潰す手立てはいくらでもある。ちょうど良くコーヒーショップのクーポンも貰ったことだし、とりあえずその店で時間を潰すことにしよう。
クーポンに書かれたロゴマークを手掛かりに視線を巡らせると、落ち着いた色合いの店舗が目に入る。店外にまで少し列が伸びているあたり、なかなか盛況なようだ。
列の最後尾に並ぶと、それに気付いた店員がにこやかにメニュー表を差し出してきた。礼儀として「ありがとうございます」と一言返してから、メニュー表とクーポンの内容を見比べる。
全品を対象に使えるクーポンで、用紙の半分以上は期間限定の『特製キャラメルフラペチーノ』の宣伝が占めていた。雄一と入れ違いざまに出てきた同年代の男子二人――その片方がそれらしき商品を持っている。
「なあ、やっぱ声かけてみよーぜ? あのコめっちゃ可愛いじゃん! あんなレベルそうそう見かけねーよ!」
「バーカ、あの気合の入った服装見ただろ? どう考えてもこれからカレシとデートだっつーの」
「んだよクソ、リア充くたばれ。あーあー、俺も一度でいいからあんなコとデートしてみてーなー……」
「やめい、聞いてるこっちまで空しくなってくる」
すれ違いざまにそんな会話が聞こえてきたが、雄一の意識はどちらかというとフラペチーノの方に向いていた。見るからに甘そうな濃いオレンジ色のソースがかかっている。甘さ控えめが好きな身なので、無難にアイスコーヒーでも選ぶことにしよう。
冷房で過ごしやすい気温に保たれた店内に足を踏み入れて順番を待つ。「お次のお客様どうぞー」と呼ばれてカウンターの前に進み出ると、すぐ隣の受け渡しカウンターでも動きがあった。
「キャラメルフラペチーノでお待ちのお客様、お待たせいたしましたー」
「はーい」
「……ん?」
今の返事、やけに聞き覚えのある声だったような……?
思わず隣へ視線を向けると、観葉植物で上手い具合に見えなかった物陰から現れた人物と目が合う。
さらさらと綺麗に流れる銀髪に、形の良い小振りな唇。全体的にすらっとしていながらも女性らしい凹凸も見受けられる抜群のスタイル。長い睫毛に縁どられた藍色の瞳は今は驚きで見開かれていて、きっと自分も似たような表情を浮かべていることだろう。
「英河……くん……?」
「白……取……?」
どう考えても、どう見ても、雄一の目の前にいる人物は、これから一時間後に待ち合わせ予定の人物――白取澄乃である。
互いに予想だにしない相手に出くわしたせいで、いまいち言葉が出てこない。とりあえず雄一が後ろに並んでいる人に注文の順番を譲ると、それにつられて澄乃も商品を受け取る。
そのまま見つめ合うこと、ほんの数秒。先に我に返った澄乃は目に見えて慌て出した。
「え……!? え、なんで、英河くんここに……!? まだ八時半……え、あっ、ひょっとして私、集合時間間違えた……!?」
わたわたとスマホを取り出して確認作業に入る澄乃。それに当てられた雄一も同じように慌てた動きでスマホを取り出した。
メッセージアプリを起動、澄乃とのトーク画面を呼び出す。改めて確認してみても、待ち合わせを九時半に指定した澄乃からのメッセージも、それを了承した自分の返事もしっかり残っていた。
『…………』
再び見つめ合う。
つまり、自分も彼女も、一時間も早く待ち合わせ場所に着いてしまった――ということらしい。
「とりあえず席取っておくから、注文してきたら……?」
ぎこちない苦笑いを浮かべる澄乃に、雄一もまた「そうだな……」とぎこちない返事をするのだった。
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