最終話『最高のヒーロー』

 ――二年後の夏。


 大学一年生になった白取澄乃は、とあるイベント会場の真っ只中にいた。


 会場内の屋外ステージ――その横に設置された控え室であるテントの中から、そっと外の様子を窺ってみる。


(わー、結構人集まってるなぁ)


 外からバレてはいけないので隙間から覗く程度に留まるが、それでも相当の観客がステージ前に集まっていることが分かる。年代は割と様々で、強いて言うなら子供の数が多いといったところだ。


 まぁ、これから始まる出し物の内容を考えればそれも当たり前だ。期待を裏切らないように頑張らないと。


 澄乃は小さなガッツポーズで気合を入れ直すと、ざっとテントの中を見回す。テント内には十人程度の人がいて、皆それぞれの準備に従事している。澄乃がいるのはステージの上手側にあたるテントで、反対の下手側のテントでは音響等の準備が着々と進んでいるはずだ。


 とはいえ、もう本番間近。準備はすでに終わり、段階的には念には念をの最終チェックといったところだろう。


 適度な緊張感が漂う雰囲気の中、澄乃はパイプ椅子に座った一人の人物に声をかける。


「どう、そろそろ落ち着いた?」


「おおおおおうもももももちろん!」


「うん、まだまだ固いなぁ」


 携帯のバイブレーションもかくやの振動を見せる男――英河雄一は、澄乃の方へぐっとサムズアップを見せつけた。ポーズ自体は力強いものだが、ガタガタと震えていてはその良さも皆無である。


 澄乃はそんな雄一を苦笑交じりで眺める。


 現在、雄一の首から下は黒の全身タイツに覆われていた。さらにその上から、胸や両腕・両足を始めとする身体の各所に白い装甲を装着し、胸部中央の青いクリスタルから伸びる紅いラインは四肢へと伸びている。


 まさにヒーローらしい出で立ち。そう、今の雄一はこの銀河を守る正義の守護者――銀河ヒーロー『ヴァルテリオン』なのだ。


 ……首から上は、ただただ不安そうな一人の人間であるが。


「本番までもうちょい。いい加減覚悟決めてシャキッとしろ!」


 雄一の背後でスーツをチェックしていた男性がバシンとその背中を叩いた。


 都内の芸術系大学に籍を置くサークル『特撮連』。大学に進学した澄乃や雄一は、今やそのサークルの正規メンバーとなっている。


 ここ最近の『特撮連』は例年にも増して盛んに活動しており、今日もこうしてイベントに呼ばれてヒーローショーを行うことになったのだ。


「スーツ自体は何度も着てんだから、とっくに身体には馴染んでんだろ? いつも通りやりゃいいんだよ」


「それは分かってますけど……。ほら、今まではまだ学内だけで、外のイベントでってことだと今回が初じゃないですか。こう、外部へ向けての公式デビューって考えると……」


「なるほど確かに。……いいか雄一、そのスーツにはこの『特撮連』の歴史が詰まっているんだ。華々しいデビュー期待してるぜ、四代目ヴァルテリオン?」


「いや、だから、あんまそういうことは言わないでもらえると……」


「あ、今日は元リーダーも見に来てるってさー。責任重大だな、雄一」


「マジすか!? うわー、余計にプレッシャー……」


 少し離れた場所で作業していたメンバーから伝えられた事実に、雄一はとうとうこうべを垂れてしまった。


 雄一はその『元リーダー』さんに色々と世話になったとのことで、今でも頭が上がらないそうだ。澄乃や雄一が入学した頃にはすでに卒業してしまったが、今もこうしてサークルの活動を見に来てくれることがある。なるほど、いわば大先輩のような人から見られると考えれば、雄一の心境も分からなくはない。


 ただまぁ……恋人としては、そろそろカッコいい姿を見せてもらいたいものだ。


 澄乃は雄一の前で膝をついて座ると、両手でそっと彼の手を包む。スーツを着ているのでいつもと感触の違う、でもいつも通り安心できる大きな手。


「大丈夫。雄くんはいつも通りカッコいいよ? 私が保証する。だから自信持って」


「澄乃……」


 想いを込めてぎゅっと手を握ると、雄一の表情に力強さが戻ってくる。そう、それでこそだ。


「あのー、本番前のイチャイチャも程々にしてもらっていいですかー?」


「超可愛い後輩が入ってきたと思ったら、雄一の彼女だもんなぁ。羨ましいぜ全く」


「本当ラブラブだよねぇ。二人見てると、あたしも早くカレシ欲しくなっちゃうなー」


 周りのメンバーから次々に冷やかされてしまう。さすがに恥ずかしいけれど、その甲斐はあったらしい。強く手を握り返してきた雄一の目に、もう恐れは無かった。


「サンキュ澄乃、元気出た」


「どういたしまして。支えるのは恋人の務めです」


 少し茶目っ気を出した台詞に二人で笑い合っていると、ステージ全体に流れていたBGMが変わった。本番が始まる合図だ。


「――っと、向こうの準備もできたみたいだな。それじゃ澄乃ちゃん、掴みはよろしく。頑張ってな」


「はい!」


 メンバーからの激励に明るい返事で答えると、澄乃は袖を通していた『特撮連』のスタッフジャンパーの襟元を正した。


「いってらっしゃい、澄乃」


「いってきます、雄くん」


 雄一からの言葉も受けて、澄乃はステージ上に向かう。


 ――さて、まずは自分の出番だ。












『皆さーん! 今日はヴァルテリオンショーに来てくれてありがとうございまーすっ!』


 マイク片手にステージに上がった澄乃は、観客に向かって大きく手を振った。それに応じて観客――とりわけ小さな子供たちからは大きな声援が返ってくる。


 そう、今の澄乃はいわゆる“ヒーローショーのお姉さん”なのだ。


 まさか自分がこんな役割を務める日が来るなんて、人生何が起こるか分からないものだ。


 感慨にふけるのも程々に、澄乃は観客の方を見回しながらショーに対する諸注意を伝えていく。それが一通り終わったところで、最後はお決まりのあの下り。


『それと、皆さんにお願いがあります。ヴァルテリオンを呼ぶ時、それからヴァルテリオンがピンチの時は、皆さんの大きな声で応援してあげて下さい。約束できる人は、はーいって返事してください』


『はーい!』


『はい、ありがとうございますっ! それでは早速、ヴァルテリオンを呼んでみましょう!』


 そう言って澄乃が観客の音頭を取ろうとした矢先、ステージ上に流れていたBGMが不安を煽るようなおどろおどろしいものに変貌を遂げる。それが合図かのように、下手側のテントから異形の怪人が姿を現した。


『グワーハッハッハッハッ! 残念だな愚かな人間共ォ! このイベント会場はこの俺様、再生怪人フィッシャル・ネオ様が乗っ取ったァッ! 出てこい、ジャドー共!』


『イー! イー!』


 魚の胴体から人間を模した手足が生え、顔面の半分はメカニカルなパーツで装飾された半魚人――フィッシャルが大きく両手を振り上げると、テントからさらに三人の戦闘員が飛び出してくる。


 澄乃は大慌てで観客の方へと向いた。


『大変! このままじゃせっかくのイベントが台無しになっちゃう! 皆さん、こういう時こそ大きな声でヴァルテリオンを呼びましょう! せーの、ヴァルテリオーンッ!』


『『『ヴァルテリオーンッ!!!』』』


 響き渡る大勢の大きな声。だが悪の半魚人はそれに動じる素振りを見せず、澄乃の方へと大股で近付いてくる。


『無駄だ無駄だ無駄だァッ! まずは女、貴様から俺様の魚たちの餌食にしてやるぜェッ!』


 凶悪なあぎとをチラつかせて澄乃に噛み付かんとするフィッシャル。その凶手が澄乃に届く寸前――


『そこまでだっ!』


 ステージを切り裂く鋭い叫びと共に、ヒーローは現れた。


 澄乃の背後から躍り出た影がフィッシャルの頭部を受け止め、すぐさまがら空きの腹に拳を見舞う。何度も練習を重ねたことを感じさせる、とてもスムーズで流れるような動き。


『これ以上はやらせない! ここにいる全ての人たちは、この私が守り抜くっ!』


 澄乃を守るように立ち塞がる、とても大きくて頼りがいのあるヒーローの背中。会場のボルテージが上がっていく中、ヒーローはチラリと澄乃の方を振り向いた。


 仮面の中の“彼”と目が合ったような気がして、澄乃の顔に笑みが浮かぶ。


 もう安心だ。


 だって“彼”はいつだって。




 ――最高のヒーローなのだから。



 Fin.



【後書き】

 最終話だと言ったな、あれは嘘だ(某コマンドー風)

 いえ、本編自体は確かに最終話なのですが、ここから先も後日談という形で続きます。まだまだ続きます。具体的には、総文字数で言えばここで折り返し地点ぐらい続きます。恋人になってからの二人の日々イチャイチャをお楽しみ頂ければなあと。

 ですがひとまず、こうしてここまで読んで頂いた読者の皆様に感謝を申し上げます。よろしければ☆評価や♡応援、感想、レビューなどお待ちしておりますm(_ _)m

 改めて本編読了のほど、まことにありがとうございました!

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