+42話『二人きりの混浴』

 ――雄一だって思春期の男子だ。ここだけの話、いわゆる十八禁の、いかがわしい画像や動画を見たことぐらいはある。一つ言い訳をするならば、進んで見たというよりは仲の良い男友達同士での悪ノリの結果だったけれど。


 もちろん澄乃と付き合い始めてからは目にしないように努めていたし、正直そういった興味への対象自体が彼女に向かっていた。男としての欲に傾きかけたことは何度もあるし……ここから先は本人には口が裂けても言えないが、そういった・・・・・澄乃を夢に見たことだって何度かある。


 ある種のイメージトレ―ニングに加え、これまで積み重ねてきた澄乃との触れ合い。心の内はともかく、少なくとも表面上は動じないぐらいの耐性を身に付けたと思っていた。


 なのに。


 そのはずなのに。


 振り向いた先にいた澄乃の姿に、雄一の身体は石像のように固まってしまった。


「――――ぁ」


 漏れた吐息は自分か、それとも彼女のものか。それすらも分からないぐらいに頭の中がこんがらがっているのに、澄乃にピタリと焦点を合わせた両目から刺激的な視覚情報が雪崩なだれのように流れ込んでくる。


 入浴のために髪を束ねた澄乃の肢体を覆うのは、一枚のバスタオルのみ。隠せているのは胸から下、太ももの真ん中ぐらいまでで、当然それ以外の部分は健康的な白い素肌が惜しげもなく晒されている。


 細い首筋も、華奢な両肩も、白さが眩しいデコルテも、無駄な脂肪がない両手足も。


 さすがにタオル一枚というのは心許ないのか、澄乃はタオルの結び目をしっかりと手で抑え、身体からずり落ちないように密着させていた。それが余計に女性らしい起伏に富んだ身体の線を強調をする結果になるというのを、澄乃本人はたぶん分かっていない。


 最早これは、可愛いとか綺麗とかそんなレベルじゃない。


 ――暴力。まさしく美の暴力だ。その圧倒的パワーが雄一の理性を容赦なくボッコボコにしていく。


 雄一の視線を一身に浴びて頬を赤らめた澄乃が、震える声で呟く。


「あ、あんまり見ないで……」


「え、」


 無理、と反射的に続こうとした言葉を寸前で飲み込む。


 澄乃の羞恥は理解できるが、かといって無理なものは無理だ。今すぐその邪魔な布地を剥ぎ取りたい衝動を必死に抑えつけているのだから、せめて凝視してしまうぐらいは許してほしい。


 それでも、このままだと澄乃が逃げ出してしまいそうなぐらいに身を縮こませ始めたので、なけなしの理性とクリスマスの日の誓いを総動員して視線を剥がした。ちなみに前を向いても鏡に澄乃の姿が映っているので、視線は床に向けておく。


 そのまま少し間が空いて、雄一の視線が外れて動けるようになったらしい澄乃がすぐ後ろで膝をつく気配がした。そして、なぜか無言で背中の肉をつねってくる。


 痛くはない。痛くはないが、なぜこんな罰のようなものが与えられるのだろうか。


「……あの、澄乃さん?」


 視線は向けないまま、試しに呼びかけてみる。


「……雄くん、なんか、すごい目が……アレだった……」


「アレってなんだ」


「……えっちだった」


「無茶言うなよ……」


 綺麗で可愛くてスタイル抜群な美少女がバスタオル一枚で現れたのだ。仮に初対面だったとしても目が奪われるし、実際は大好きな恋人なんだから余計にそういう目になる。ならない奴がいたら、そいつは男としての機能をどっかに落としてきたに違いない。


 それこそ今の雄一がどれだけ極限状態なのか、腰に巻いたタオルを捨てて見せつけてやりたいぐらいだ。いや、さすがにやらないけども。


「つーか、誘ってきたのは澄乃だろ」


「そ、それは、そうだけど……」


 わざわざ内緒で貸切風呂まで予約して混浴を持ちかけてきたのは澄乃だ。その状況だけで考えれば、ここで雄一が狼になったとしても一方的に非難されるいわれはない。もちろん、たとえどれだけ情欲が湧き上がったとしても、澄乃を泣かせる真似だけは死んでもする気はないけれど。


「せっかくの温泉旅行だし……雄くんが喜んでくれるかなって思って、予約してみたんだけど……。い、いざ一緒に入るとなると、予想以上に恥ずかしくて……っ」


「……はぁ」


「た、ため息つかないでよぉ……!」


 ぺちんと背中をはたかれた音が浴室内に反響する。


 策士策に溺れるとはこのことか。澄乃の見事な自爆っぷりには呆れてしまう。


 でも、同時に胸の奥が満たされもする。良い思い出を作ろうと頑張ってくれた心遣いが素直に嬉しい。


「まぁ、あれだ。正直、澄乃と一緒に温泉に入れてすごく嬉しい。……ありがとな」


「う、うん。どういたしまして……」


 まだ羞恥の色は残っているけれど、澄乃の緊張が和らいだような気配を背中で感じた。お互いの緊張はそう簡単に無くなってはくれないだろうけど、澄乃が言った通りせっかくの機会なのだ。貸切の時間も有限なのだし、いつまでも固まっていてはもったいない。


「とりあえずどうする?」


「えっと……雄くんの髪とか背中、私が洗ってもいい? どうせならしてみたいなぁって」


「じゃあお言葉に甘えて。お願いします」


「うん、任せてっ」


 何が楽しいのか、意気込んだ澄乃が小さなガッツポーズを作る。その拍子にバスタオルの中の膨らみがたゆんと揺れて、思わず目を見張ってしまったのは内緒だ。

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