それでも人として生きること
私は数か月ぶりに『ライトス』へ顔を出していた。
前回よりは穏やかに迎えてくれた沖永さんに、カプチーノをいただいている。
その向かいには、悠馬くんと楽しそうな顔の瀬くんが座っていた。
「無事に見つかってよかったね、指輪」
あれからすぐに居場所を見つけた精霊たちは、百々目鬼の捕獲までしてくれていた。
私と悠馬くんは現地へ向かい、目玉だらけの気持ち悪い見た目の妖怪から、指輪を取り戻す。
どう取り戻したかは…悠馬くんご自慢の雷の術が活躍したとだけ言っておこう。
「…その、世話になったな」
「いえ、仕事ですから」
今回の件があってから、悠馬くんは対等に接してくれるようになった。
その姿に瀬くんはとても嬉しそうにしている。
「精霊たちに掴まったって聞いて、僕たちはびっくりしたんですよ。
ありがとうございました。吉川さん」
「無事に解決してよかったです」
「あの…さ」
目線を少しだけ外した悠馬くんは、私に紙の箱を差し出した。
なにこれ?と聞くと「ショートケーキですよ」と沖永さんがカウンターから教えてくれた。
「ケーキ、ですか」
「あの…女の子に、渡しておけよ」
「もしかして、お礼ですか?」
「そーだよ!悪ぃか!
その…怖がらせちまったからよ」
頬を指でかきながら話す悠馬くん。
私はあることを思いついて、思わずにやりと笑った。
「ちょっと待ってて」
「あ?」
私は席を立ち、カプチーノを残したまま店を出た。
それから10分後。
私は『雷鳴』のメンバーしかないおしゃれなカフェの扉を開け放つ。
「悠馬くん、おまたせ!」
「んあ!?なんだよ急に!」
「行くよ!」
「どこにだよ!」
「ゆうちゃんの家に!」
「はあ!?」
悠馬くんは混乱した顔で私を見つめてきた。
――――――――――――――――――――――
「急に押しかけて申し訳ありません」
「…邪魔しまーす」
「いらっしゃい」
屋敷の玄関に入れば待っていたかのようにゆうちゃんが出迎えてくれた。
今日も綺麗な振袖と金の髪飾りが可愛らしい。
どすどすと足音が聞こえたと思えば、次いで乃乃介が顔を出した。
「おお、よく来たな」
「げっお前」
「…おーぉ、よく来たな、ビリビリ小僧」
ニタリと、乃乃介は悪い顔で悠馬くんを見降ろす。
全身焼け焦げにさせてしまった彼に後ろめたい気持ちがあるのか、隣の少年は気まずそうにもぞもぞと動いた。
「この前はよくもやってくれたなあ…」
「あのときは、その」
「なーーんてな!!」
ぐわしっと乃乃介は悠馬くんの頭を掴むと、ぐしゃぐしゃにかき回す。
おい、とか、ちょっとやめろよ、とは抵抗されてもお構いなしだ。
「なこさん!」
「はい、なんでしょう?」
「こっち、どうぞ」
つたない言葉遣いだけど、初めて名前で呼んでくれた。
それだけでも嬉しくて仕方ない。
私は乃乃介たちを置いて、ゆうちゃんと2人家に入っていった。
――――――――――――――――――――
「おいしいか?ゆう様」
「うん!おいしい」
にっこりと嬉しそうにイチゴを食べるゆうちゃん。
その周りには様々な妖精たちがクッキーを砕いて口に運んでいた。
ゆうちゃんの家に行くなら、もっとお菓子が必要だという判断は正しかった。
ケーキやお菓子を追加で買い込んだ私は、楽しそうなそれぞれの姿を見て安心した。
もちろん、沖永さんが作ってくれた特製ショートケーキはゆうちゃんの元にある。
「ゆーまくん、おいしい?」
「お、おう、うま…いや、おいしいぜ!」
言葉遣いについて裏で脅された悠馬くんはぎこちなく返すけれど、ゆうちゃんは嬉しそうに頷く。
可愛い2人だなあ。
わいわいがやがやと明るいお茶会は、夕方になるまで続いた。
―――――――――――――――――――――
景色が赤く染まる頃。
奥の部屋からゆうちゃんと精霊の遊びに付き合う悠馬くんの声が聞こえる。
紙皿をまとめてゴミ袋に入れながら、私と倉之助、乃乃介は片付けを進めていた。
「今回はご迷惑をおかけしました。ご協力いただきありがとうございました」
改めてお礼を伝えると、2体の精霊は出会ったころよりもずっと穏やかな顔をする。
「本当に迷惑でしたよ、まったく」
発言と顔の緩み具合が合っていないのは言わないでおこう。
「…ですが、この経験を通し、ゆう様はまた1つ成長されました」
「もっと外の世界に出たいって言いだしてなあ、いつかはビリビリ小僧がいるかふぇ?にも行きたいんだとよ」
あそこはやめた方が…。
念のため、あのカフェにいくなら私に連絡してくださいね、と釘を刺しておいた。
「そういえばまだゆうちゃんに外出できてすごい!って褒めてませんでした」
「私から伝えておきますよ」
「ありがとうございます」
「…我々は」
倉之助は向こうのゆうちゃんの姿を見て、少しだけ悲しげに微笑んだ。
「ゆう様の境遇に似た人間がいることを知りませんでした。
どんな原因で周りに忌み嫌われ、遠ざけられても、心を通わせる存在はいるのですね」
「そうですね。どんなに特殊でも私たちは『人』ですから、似た経験を持つ人間の1人や2人、いますよ」
「…あなたも、『縁視』のあなたもいるのですか?」
「……………」
この時の私は、いったいどんな表情をしていたのだろう。
それは、倉之助の反応を見てもわからなかった。
「…それでも、人として生きていかなければなりませんから」
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