警察局 刑事一課 1係

てくてくとタブレットを片手に歩く。

10分ほど歩いてようやく特殊治安局の敷地を出ると、他局との往来専用の道が見えてきた。


普通の町並みと変わらない大通りではあるものの、走るのは暗い色の車や軍事車両、歩いているのは全員局員だ。

それは私のような白い軍服だけでなく、緑や青、そして警察局の局員を表す紺もいた。



『押し付けてごめんなさいね。本当は私も行くべきなんだけれど…』



交渉の作戦会議を終えてから先方と連絡を取り、執務室を出る直前まで今関さんの顔は複雑そうだった。

現地の鯉たちは今も飛び回っている。先に何とかする必要があるし、人員はそちらへ優先しなければいけない。


重要なのは『警察局からも弁償させる』ことだ。

毎回のように資金や人員のみ出させられる身として、どうしてもここは外せないんだろう。

そういう上層の意図はよくわかっているつもりだった。



少し歩くと、前方に大きな黒いビルが数棟見えてきた。

特殊治安局とは違い、狭い敷地に縦に伸びているのが警察局の本部だ。

ここに来たことは何度かあるけれど、これから会う部署も人間も会ったことがないから、少し緊張する。

いい噂も悪い噂も聞いたことがある人たちだし、無事に帰ってこられるといいけれど…。




受付で名乗ると、すぐにこちらへ歩いてくる姿に気づいた。



「支援一課 7係の吉川か?」



ご、ごっつい。


生地が厚いはずの軍服が膨れるほど筋肉で覆われた両腕は浅黒く、太い首と対照的な小さな顔は、皺が寄り、額に大きな傷跡がある。

スキンヘッドの頭は汗か油か若干光っているけれど、図体があまりにも大きすぎて笑えもせず顔を引きつらせてしまった。

2メートルくらいはあるかなあ。



「はい、吉川です」

「…来い」



余計な会話は無用とばかりに男はくるりと背を向いて歩きだした。

ものすごく早い。

私は小走りで後を追いかけた。



エレベーターホール。

丁度到着した1機に彼は入るや否や扉が閉まり始めた。

ちょっと、待って、まだ私入ってないから!

慌てて身体をねじ込ませると、扉はそのまま閉まり上がりだした。


…ええ…。



「……」

「……」



謝罪もない、恐ろしい。

この先の展開があまりにも不安すぎて、私は心の中でため息をついた。



みんなは今頃、何をしているかなあ。

こっそりタブレットを開いてチャットツールのアイコン『145』の通知数を押してみる。



『やっちゃん、水塊の符術ってどう描くっけ?』

『今画像送った』

『さんきゅ』

『カケルくんそっちの状況は?』

『3匹発見して確保しました』

『うっそ!カケルすげえ!』

『簡易水槽に入れてきます、持ち場離れます』

『よろしく』

『5匹逃げた!』

『え』

『こいずみ当主の妹が鯉と顔面衝突して倒れた隙にやられた』

『あかりちゃん、結界装置、私が代わる、対応よろしく』

『やっちゃん助かるー!』



…がんばれ。


心からそう思ったとき、エレベーターは到着の音を鳴らした。



――――――――――――――――



「ここだ」

「はい、ありがとうございます」



とある黒い扉の前に立たされると、男は去っていった。

結局名乗らなかったけど、誰だったんだろう。


周りには私ら7係の何倍もの紺服たちがデスクでカタカタと仕事をしている。

時々荒っぽい声は飛ぶが、何となく特殊治安局では醸し出せない雰囲気がした。



さすが刑事一課 1係。

数字が低いほど優秀な人材が集まるのはここも同じだった。


…ええと、この扉を叩けってことかな?


コンコン、と控えめにたたくとどうぞと男の人の声がした。


いざ、勝負ってところだ。

私は金のドアノブを掴んだ。





「ようこそ、特殊警察局 刑事一課へ」



扉の向こうには、男性が2人、女性が1人、立ってこちらを見つめていた。

低い声が来訪を迎え、顔を上げるとこの建物に入ってようやく暖かい表情を見た。



「初めまして、白石課長。

 特殊治安局 支援一課 7係の吉川 菜子と申します」



この人が、名高い刑事一課のトップ。そして。

ドキリと心臓の大きな音が響いた。

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