第12話 上司様の肩代わり
一部デジャヴ
期間限定で出店してるお店の苺大福、おいしかったなあ。
大ぶりの苺は濃く、もちもちの感触と混ざり合って最高の歯ごたえと味だった。
特殊治安局の食堂から執務室へ戻る私の足取りは軽い。
さーて午後も頑張ろう。
ガチャリ、と完全に気を抜いた私は、縁を視ずに執務室の扉を開ける。
その視界に映ったのは、わなわな震える埜々子さんと、今関係長だった。
ん?
「私に…やれというんですか…」
埜々子さんが相変わらず小さい声で言う。
「ええ…わかっているわ埜々子、本当は私だってあなたの気持ちを一番に優先したいし、できることならこんなことさせたくないの…」
なぜか今関さんまで小さい声で話す。
ええと、何の話?
ちらりと周りと見ると灯ちゃんと目が合う。
どういうこと?と念を送ってみると、彼女は肩をすくめるだけだった。
「なら…どうして私にこんなことを…わかっててこんなことするなんて酷いわ…」
「そうね、私もそう思うわ、だから精いっぱい私を恨んで頂戴…全て受け止めるわ…」
「そんな…私があなたを恨めるなんて思っているの…?あなたに…そんなこと…できるわけないじゃない…!」
いや、何の話?
蚊帳の外にいたまま私は再び喉から勝手に出そうな言葉を抑え込んだ。
少しの沈黙の後、今関さんは口を開いた。
「3係の代わりにクレーム対応して♪」
「いやあああああああ!!」
…今回も派手な叫び声で…。
視界の端で、灯ちゃんがぶふっと噴き出した。
埜々子さんが前と同じように床へ這いつくばってホラー感を醸し出しているとき、
私は今関さんに呼ばれて係長室へ入った。
そこには仮名課長と3係の長瀬係長が座っていた。
いつもと違和感があるのは、仮名課長が隣の滝汗を流す長瀬係長を労わっているように見えこと。
とにかく座って、と今関さんに促されるまま仮名さんの前に座った。
「お昼から戻って早々にごめんなさいね~」
珍しく申し訳なさそうな声色の仮名課長は、眉尻を下げて言う。
「いえ…何かあったんですか?」
「ええ…そうなのよ…」
歯切れが悪い。
何事かと今関さんの様子を探ると、同じく困った顔をした。
仮名さんと今関さんを同じ顔にさせるなんて、どれだけ面倒なことが起きたんだろう。
続きを催促するように黙っていると、仮名さんは両手を揃えてお願いポーズをした。
「お願い吉川ちゃん!『警察局』と交渉してクレーム対応してほしいの!」
「け、警察局ですか…!」
私はわかりやすく嫌な顔をしてしまった。
『特殊警察局』
特殊治安局が特殊能力者や符術者の発見、保護、緊急性の低い事件を担当するのに対し、緊急性が高く凶悪犯罪の対処をするのが特殊警察局の役割だ。
符術と関わらない一般的な世界では、刑事事件を担当する警察組織と自衛隊を兼任しているイメージ、が分かりやすいと言われている。
正直に言えば、特殊警察局と特殊治安局は仲が悪い。
符術者の質の悪い犯罪に立ち向かう必要がある故に、高度な戦闘能力と刑事としての鼻や感が必要だからか、彼らはとても気性が荒い。
解決のためなら手段を問わず、戦闘が起きたものなら家やら土地やらはめちゃくちゃな被害を受ける。
その事後対応は特殊治安局に押し付けられるがとても多く、特殊治安局員のヘイトはそれなりに溜まっている。
花王院局長と特殊警察局のトップ、金指局長がおしどり夫婦でなかったら抗争が起きててもおかしくないほどだった。
「…いったい何があったんですか…?」
「それがねえ…3係が担当の『
「鯉の盗難ですか…」
「3係で調査していたんだけどねぇ、犯人は警察局で追ってた『グリンディロー』っていう妖怪だったのよ」
「グリン…なんですか?」
「『グリンディロー』」
隣に座っていた今関さんが、メガネを拭きながら補足してくれた。
「イギリスに伝わる河童みたいな妖怪よ。まあ、河童と違って雑食性が強いから何でも食べちゃうのよね。
日本にはあまり見ませんが、どうして『グリンディロー』がいるのですか?」
「どうやら特殊個体がイギリスから逃げたしたそうよ。
『水の中をワープできる』っていう能力があるらしいわあ」
わ、ワープ?
聞きなれない言葉が続くので無言で仮名さんを見ると、再度口を開いた。
「結論、鯉は盗難ではなくて捕食されてたのよ。海から鯉住家の飼育水槽にワープしたグリンディローが鯉を食べては他のところにワープしていたそうよ」
で、本題はここから、と仮名さんは手を叩いた。
「3係が現地の水槽を調査していたところ、警察局が突撃してきて出てきたグリンディローを討伐。水槽は大破、中の鯉は大惨事」
水から飛び出した魚がどうなるか、想像して私は哀れになった。
「鯉…死んでしまったのですか?」
「いえ、死んでないわよ」
え、
「みんな飛んでっちゃったのよ」
「…はい?」
んん?
私は完全に混乱していた。
飛ぶ?鯉?飛ぶ??
私の反応が面白かったのか、今関さんはふふふと笑い声を漏らした。
後で説明するわ、と肩をぽんぽんと叩かれた。
仮名さんも少し表情を崩してから、話を続ける。
「で、やらかした警察局は弁償などする気はないと3係を突っぱねちゃってね。
揉めているうちに鯉住様は大激怒。3係でも抑えられなくなっちゃったのよ」
それで7係の出番、と。
「係を変えたところで解決するのですか?」
「事態は変わらないわ、正直」
短い沈黙。
仮名係長の目が長瀬係長に向く。
振られた当人は汗を垂らしながらもぐもぐと口を動かした後、意を決したように声を出した。
「…体面上、対応する組織が変わることで若干の鎮静化はできるかと思う。
それに警察局との再交渉には、もう他の係に頼るしかない」
はあ、と今関さんが分かりやすくため息をついた。
一房垂れ落ちた髪を耳にかけ、仕方ないとばかりに首を振る。
「…吉川、現場は私たちに任せて、あなたは警察局から資金援助を交渉して頂戴」
「資金援助、ですか?」
身体ごとこちらへ向いてきたので私もそれに倣うと、上司はメガネの奥から強い視線を寄越してきた。
「私たち7係や3係から水槽の修復代を全額捻出することはできないわ。
警察局から何としてでも支援してもらうのよ。
―—――どんな手を使ってでも、ね」
私は気が重くなるのを感じつつ、了承を返答するしかなかった。
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