託される想い、子知らず
「新しい7係のメンバー?」
数年前のこと。
今関さんに呼び出された私は、その突然の報告に驚いて聞き返したのをよく覚えている。
「そう、新しい子を迎え入れようと思うの」
「新しい子…もしかして未成年ですか?」
「ええ、そうよ」
7係に未成年で配属なんて、私ぶりだ。
他の係だってめったに配属されることはないのに、7係ということは。
「何かあった子、ってことですか?」
「まあ、うん。まあ、そうね」
突然歯切れが悪くなる。
今関さんに詰め寄ると、あっさりと詳細を教えてくれた。
忍者の家系で有名な家の長男。
一般人に符術で暴力を振るい、破門。
半年の刑務所生活を経て特殊技術専門学校に編入が決まるも、実家からは縁を切られて学費が払えず、免除の代わりに特殊治安局で働くことになった。
とんでもない問題児だけれど、大丈夫だろうか。
「そのご両親と面談があるの。同席してくれるかしら?」
「私がですか?」
「ええ、教育係になって欲しいのよ」
私が…まあ、灯ちゃんよりは適任かもしれないけれど。
どっと不安が押し寄せた私の表情を読み取ったのか、今関さんは困った顔をした。
「…それもあるけど、私だけじゃ荷が重いわ」
「はい?」
とにかくきて、いいわね、と今関さんは私に面談の日時を伝えてきた。
「初めまして。7係 係長の今関と申します」
「同じく7係の吉川と申します」
「初めまして…カケルの父親の義文と、妻の玲子です」
彼のご両親はひどく暗い顔をしていた。
私のイメージしていた問題児の両親像と違って、違和感を覚える。
「カケルくんには特殊能力者の情報管理や、実際に訪問して様子を報告する等の業務を行っていただきます」
面談の内容は業務内容や学校の話が中心だった。
これからカケルくんがどのような生活をするのか、特殊治安局の範囲を超えた学校生活のことまで今関さんは事細かく話した。
真剣に聞くご両親の姿に、更に違和感を覚える。
「…さて、何かご不明点はございますでしょうか」
「いえ、私は…玲子はどうだ?」
彼の母親は小さな声でいいえと言った。
「承知しました。それでは我々からの用件は以上になります」
今関さんはお茶を一口含んで、彼らに笑いかけた。
「次は、お2人の番です」
「…わ、私たちの番というと?」
「我々はこれからカケルくんと多くの時間を共にします。
彼はまだ少年です。これからもっと大きく成長していくでしょう」
言葉を切って、またお茶を一口含む。
今関さんが珍しくわかりやすく緊張していた。
「私たちはこれからカケルくんの親代わりになるんです。
あなた方が今までどんな思いを、願いを持って育ててきたか教えていただけませんか?
その気持ちを忘れず、私たちは彼を育てていきたいのです」
「…っ…うう…!」
母親が泣きだしてしまった。
その背をさする父親も、涙をこらえるように俯く。
一体どういうことだろう。
私は父親の次の言葉ですべてを察した。
「私たちはあの子に会うことを禁じられました。それが『破門』の意味することです。私たちはあの子を、守ってやれませんでした…!」
「あの子はとてもやさしくて、素直で、正義感の強い子なんです…!
人様に無意味に暴力を振るうような、そんな子ではないんです…!
どうか、どうかそのまま、まっすぐに育ってほしいんです…カケル…!」
お願いです、お願いします。
あの子を、カケルを守ってください。
あの子を、愛してあげてください。
何度も何度も繰り返すその想いは、悔しさと絶望とほんの少しの希望でめちゃくちゃに混ざり合っていた。
今思い出しても鼻の奥がつん、とする。
――――――――――――――――――――
「結局1係が優勝ね~」
7係の執務室に戻ってこれたのは夕方だった。
埜々子さんは大会の残務処理に残り、灯ちゃんとカケルくんは休ませるために寮へ返した。
この部屋には、私と今関さんしかいない。
赤い夕陽が静かな空間を照らしていた。
「そうですね。課対抗も勝ち進むんじゃないですか?」
「かもね、警察局との一戦くらいは見に行こうかしら」
「いいかもしれないですね」
途切れる会話。
はあ、と今関さんの息さえも部屋に響いた。
「…カケルくん、動揺したでしょう」
「はい。かなり」
「やっぱりねえ。
確かにお母様は倒れたけど、ただの貧血よ」
「え?」
ソファに座っていた私は身体ごと後ろを向いて、係長席を見た。
今関さんはメガネを光らせて白い封筒を見せてくる。
手紙?
「カケルくんがうちに来てから、こっそりご両親と手紙をやりとりしてるのよ」
「…え?」
「家の決まり上、もう親とも名乗れないし会うこともないでしょう?でも、他人と子供に関する手紙のやりとりまでは禁止されてないもの」
「なるほど、確かにそうですね」
カケルくんに言ってあげればよかったのに。
そういうと、万一漏れたらいろいろと面倒だからだめ、と言われた。
「今関さん、覚えてますか?初めてカケルくんが来た時のこと」
「もちろん覚えているわ。あの暗い顔、ご両親そっくりだったわ」
「はは」
久々に見た彼の涙を、私は天井を仰いで思い出していた。
「今関さんがカケルくんに言ったこと、思い出して泣いてましたよ」
「…そう」
椅子が動く音。
足音がしたと思うと、上司は私の向かいに座って足を組んだ。
カケルくんが起こしたあの事件とその処罰。
実は特殊治安局内でかなりの物議を醸したのを彼は知らない。
符術者と一般人の世界の隔たりを守るため、
目の前の犯罪を見捨てるべきか否か。
はたして十三里家の行ったことは処罰か否か。
遥か昔より結論の出ないこの問題に対して、今関係長は1つの答えを出した。
目の前に、変わらない姿で彼女はそこにいる。
その微笑む顔を見て、あの時の言葉を思い出した。
『あなたのやったことは、間違っていないわ。
自信を持って。私たちはあなたの味方よ』
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