砕いたプライド
「ぐっ…あああああああ…っ!!」
ぐらぐらと揺れ動く頭を、私は声も出せずに左手で強く掴んだ。
喉がぴりぴりする。
何とか目を開いてみれば、白い鞘が転がる地面が見えた。
だんだんと揺れが落ち着いてきて辺りを見回すと、痛みに転げまわっている四野見塚が視界に入る。
左足の脛あたりを掴んで苦痛の声を上げていた。
『おおっと!今、一体何が起きたのでしょう!?』
『吉川さんが突発的に出した防御壁の術を蹴ってしまったのでしょう。
符術にも言えることですが、防護壁は小さければ小さいほど密度が濃く強固なものになるわ…相当なダメージとなったでしょう』
さっきのガラスが割れた音は、きっと私が咄嗟に出した障壁が割れる音。
そうか、じゃあ骨の音は私じゃなくて、彼か。
かなりの大声で言ってしまったから、強い障壁が出来てしまったらしい。
そんなことを考えていると、自分自身の違和感に気づいた。
周りの音が、うまく聞こえない。
歓声が試合前とは違う遠いところから聞こえているような、防音されているような…?
思わず右耳を触ってみて、気がついた。
――――やられた、右耳が聞こえない。
耳元で割れた障壁の音が原因?
左右から違う音が頭に響き、一瞬意識が遠くなった。
…ともかく、今は早く終わらせないと。
私は刀を握りなおし、地面に倒れる四野見塚に近寄った。
「ぐっ…!」
彼は何とか立ち上がろうとするものの、負傷した足が言うことをきかないのか手を地面に這わせるだけ。
その表情は憎悪にも似た悔しさで一杯だった。
「…符術が使えない女に負けるわけだけど、どんな気持ちかな?」
「て、てめえ…!!」
『審判の判定が出ました!試合終了です!』
大きな歓声が左耳から聞こえてきた。
2係の出場口から人が走ってくるのを見て、私は彼をもう一度見降ろした。
「あなたのような甘い子は、地面に這いつくばってるのがお似合い、かもね」
「おい!しっかしろ四野見塚!」
「慧くん…!」
介抱される姿をちらりと見てから、私は刀を鞘に戻して出場ゲートへ足を進めた。
――――――――――――――――
「はああああ…」
「…菜子っち、おっつー…」
場所は変わり、私たち7係は最初に談笑していた場所に戻ってきていた。
次の試合はすぐに負けた。
右耳が良く聞こえない状態で戦うこともできず、あっさりだった。
敗北の悔しさよりも疲れにため息をつくと、灯ちゃんが冷たい水を持ってきてくれた。
「マジでかっこよかった、菜子っち」
「…はは、灯さん、それ何回目?」
「いやー!だってそうっしょ!カケルの無念が晴れたっつーかさー!」
灯ちゃんの機嫌がとても良い。
「あの四野見塚を負かせたんだからな!チョーサイコー!」
「ふふ、よかった」
「…まあ、さ。菜子っちも怪我しちゃったっつーのは、良くなかったけど」
灯ちゃんは心配そうに私を見た。
正しくは私の右耳を見ている。
「大丈夫だよ。もう聞こえるし」
「それなら、いいけどさあ」
「吉川!」
大声が響いて振り返ると、開会前に会った人の顔が見えた。
「今関係長」
「耳、大丈夫?」
「ええ、もう聞こえます。ご心配おかけして申し訳ありません」
立ち上がろうとしたら制止され、私は不安でいっぱいな顔を見上げる体勢になる。
「本当にびっくりしたのよ。そのまま頭を蹴られなかっただけいいけれど…」
「すみません、つい」
「菜子ちゃん、そうやって人のためってなると無茶しちゃうんだから」
「はは。……で、その後ろの方は?」
白い看護師姿の2人が今関さんの背後でやり取りを見守るように立っていた。
ああ、と今関さんは思い出したように声を上げる。
「特殊情報管理室の治療部隊の方よ。耳を診てもらおうと思ってね」
「…もう聞こえてますし、大丈夫です」
「ダメよ!治療室にいつまで経っても来ないって言われちゃったんだから、ちゃんと受けなさい」
「……わかりました」
眉間に皺を寄せて言ってくる今関さんを説得する方法はない。
私は早々に諦めて検査を受けた。
「……問題ありませんね。おそらく突発的な音響性聴器障害でしょう」
「おんきょうせい?」
「爆発音などの大きい音を至近距離で聞くことによる、一時的な難聴です」
念のため数日は大きな音を聞くことと、喉を労って大声で話すことも避けてください。
そう言い残して治療部隊は去っていった。
「戻りました!」
「あ!カケル!!」
やがて、私とは違ってちゃんと治療室に行っていた後輩の声が聞こえた。
少し不格好ながらとぼとぼとカケルくんが歩いてくる。
座れ座れ!と灯ちゃんに急かされるまま私の隣に座ったカケルくんに声をかけた。
「検査の結果、どうだった?」
「打撲と切り傷だけでした。数日安静にしていれば良いそうです」
「よかったああ!」
うん、と小さな声で付き添っていた埜々子さんが微笑む。
だけれどカケルくんは不安そうな顔をした。
「菜子さん、ありがとうございます。
すみません。僕のために無茶をさせてしまいました」
「無茶なんかしてないよ。私がついカッとなっただけ」
「…すっきり、しました」
「だよなー!あの四野見塚の負けた時の顔、な!!」
「それも、ですけど」
首をかしげてカケルくんを見てみると、彼はすり傷だらけの顔をふわりを綻ばせた。
「俺はもう、大丈夫です」
ふふ、そっか。
今関さんはようやく安心したように笑顔を見せた。
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