第10話 世界の隔たりのその隅で

相容れない邂逅?

『吉川家は、かつて符術の才にあふれた家系だったんだ』


昔からじいちゃんは俺によく言っていた。

じいちゃん自身には何の力もないのに、ばあちゃんの姿を眩しそうに眺めながらいつもいつも語っていた。


文字通りに考えれば、『昔の方が良かったのに』みたいな後ろ向きな言葉。

だけど、この世を去る前の日でさえ、じいちゃんはとても誇らしげで、幸せそうな顔をして言っていた。



『伸太朗』

『今日からこの子があなたのお姉ちゃん。新しい家族よ』


『ばーちゃん、どうして僕はおねえちゃんと同じ学校に行けないの?』

『それはね、お姉ちゃんがとても不思議な力を使えるからよ。

 昔はね、この家にはお姉ちゃんみたいに不思議な力を持つ人が、たくさんいたの』


その時に初めて知ったんだ。

この世には2つの世界が存在するんだ、と。

姉貴は、俺が関わってはいけない別の世界で生きているんだ、と。



―――――――――――――――――



夏があっという間に過ぎて、寒くなってきた頃。

先週薄着で登下校したことに後悔した俺は、コートとマフラーを取り出ししっかり防備した状態で河川敷を歩いていた。


寒い。

早く帰って温まりたい。

そんなことを思いながら歩いていると、ふと橋の下が目に入った。



まだ暖かかったころ、クラスの不良たちに優希と絡まれた場所だ。

適当に相手してたら、どこからかふらっとやってきた姉貴が一瞬で不良たちを黙らせたっけ。

伸太朗、といつもの穏やかな声で俺の名前を呼んだのを覚えている。



あれからあいつらには何回か絡まれた。

だんだん面倒になって姉貴の名前を借りて切り抜けるようになっている。


でも…どうやら今回は別の絡み方になりそうだ。


いつも集団でたむろっているはずのあいつが、今日は1人座り込んでいた。



金髪でガタイの良い背中が、いつもより少し小さく見える。

近づくと俺と同じ黒い制服がところどころ汚れていることに気づいた。

あいつは確か 桾沢きみざわ 龍輝りゅうき って名前だったっけ。



「なにしてんの」


俺は思わずあいつに声をかけていた。


くそ、なんでだ。

俺は人と関わるのが嫌いだ。

こいつもできれば声なんかかけたくない。

でもなんでだろう、その姿が姉貴と重なって、声をかけなきゃいけない気がした。


すぐに桾沢は俺に振り返った。

その顔はところどころ腫れていた。



「…んだよ、吉川かよ」


「喧嘩に負けたって顔だな」

「っるせーよ」


図星だったのか、桾沢はまた川の方に顔を向ける。

俺は斜め後ろに立ったままこいつの頭を見降ろしていた。


「くだらないな」

「…テメーにはわかんねえだろうよ」


そもそもなんで喧嘩するんだよ。

率直に気になったことを聞くと、桾沢は少し間をおいてつぶやくように言った。


「気に入らねえんだよ、どいつもこいつも」

「は?」

「弱いくせに突っかかってくるバカ、自分が格上だと勘違いしてる野郎。

 そんな奴らに囲まれて、全部気に入らなくてしょーがねえんだよ」

「ふーん」

「特にテメェみてぇな」


桾沢は頭をガシガシかいて髪を乱しながら立ち上がる。

そして目の前まで歩いてくると、俺を睨んだ。


「良い人間に囲まれてへらへらしてるヤツが大っ嫌いなんだよ!」


そのまま歩き去っていく背を俺はただただ見送ることしかできなかった。

良い人間に囲まれて、へらへら、ねえ。


そんな恵まれたヤツなんか、めったにいないけどな。



――――――――――――――――――


翌日の夕方。

桾沢はまた同じ場所に座っていた。

同じ学校の制服を着た女子たちが、逃げるようにあいつの近くを通り過ぎていく。


声をかければ、またしても不機嫌な顔と対面した。

昨日と違うのは、口元の殴られた跡くらいか。


「また負けたのか」

「うるせ、いちいち聞くな。殴るぞ」

「はいはい」


昨日より少しだけ暖かい風が髪を揺らす。

けれどもこいつのセットした髪は全く揺れていなかった。


「お前も懲りないな」

「ほっとけ、俺の意思だ」

「あっそ」


沈黙。

ああ、そういえばこの前持たされたのがあったっけ。

俺は変わらず桾沢の斜め後ろに立ったまま鞄を開いた。


「やるよ」

「あ?」


中に入っていた絆創膏をいくつか投げて渡した。

上から降ってきて草の上に落ちたそれを拾い、桾沢は初めて顔をこちらに向けてくる。


「バンソーコー?」

「せめて怪我の手当てくらいしろよ、じゃあな」


俺は気まずくなって、さっさとその場を後にした。

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