見得る事情

次に桾沢を見たのは、あれから1週間後だった。

いつもより遅い時間に河川敷を歩いていた俺は、暗い川の傍に金髪を見る。

だけれどいつもと様子が違っていた。


隣にいるのは…子供?



「よお」



いつもどおり声をかけて、俺はぎょっとした。

振り返った子供――女の子が、泣いている。

しかも結構泣いたのか、目が真っ赤になっている。



「え」

「…吉川か」



桾沢の声は暗かった。

黒いおさげの女の子はびっくりしたのか涙を止めて俺をじろじろ見てきた。

その瞳の奥はとても怯えているのがすぐにわかった。

―――――姉貴が初めてウチに来た時と、よく似ている。



「なんか…あったのか?誰こいつ」

「…妹だ。佳奈美」

「いもうと…、っておい!」



俺は桾沢の妹の顔にある青色に気づいた。

しゃがんでそれをよく見ると、殴られたような…。



「痣が出来てるだろ!何やってんだよ馬鹿!」

「はあ!?テメェ俺がやったと思ってんのか!?」

「ちげぇよ!なんでほっといてんだよ!」



俺はポケットから白いハンカチを取り出して川へ急ぐ。

すっかり冷たくなった水にハンカチを浸すと鋭い手の痺れを感じた。

でも、そんなこと気にしている暇はない。


ハンカチを固く絞って2人の元に戻った俺は、妹の頬に当てた。



「このまま当てて冷やして。そうすれば早く治るから」

「…うん…」



桾沢は黙って俺を見ていたが、やがて我に返ったように声を出した。



「あ………お前、勝手にやんなよ!」

「お前がやらないのが悪いんだろ。…何があったんだよ」



俺は初めて草の上に座る。

しばらく言いづらそうにしていた桾沢だったけど、ぽつりぽつりと話し始めた。




「…親父だ。親父が俺たちを殴った」

「おやじ?」

「母さんが火事で死んでから親父が狂ったんだ。佳奈美を殴ることが増えた。

 俺がいれば代わりに殴られてるけど、今日は間に合わなかった」



最近までの傷は喧嘩じゃなかったのか。

『そういう親』に出くわしたことのない俺は、ドキドキと心臓の音がうるさいのを感じる。



「そうだったのか…」

「…気の毒に思うなよ、迷惑なんだよ!」

「………」

「……チッ、じゃあな。行くぞ佳奈美」



桾沢は妹の手を引いて歩いて行った。

乱暴に立ち上がったのに、丁寧に妹の手を取る姿だけが目に焼き付いた。



―――――――――――――――




「そんなことがあったんだ」



あれから3日が経った。

教室で桾沢の姿は見るけど、話すことも目が合うこともなく、いつも通りの日々が過ぎている。

偶然帰り道が一緒になった優希と俺は2人で歩きながら、桾沢の話をした。



「桾沢君の家も大変なんだね…」

「みたいだな。妹の怪我、早く良くなるといいけど」

「そうだね。…あ」



優希が前を向いて声を潜めた。

その視線を辿ると、丁度話題にしていたやつの姿があった。

数人で固まって話している、いつもの仲間に囲まれているみたいだ。


その視線に気づいてしまったのか、集団の1人がこちらを向いた。



「あっれ~?優希ちゃんじゃん」



その声に桾沢の吊り上がった目が向けられる。

面白い獲物を見たような表情でにやりと笑う中、あいつだけは不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。

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