想いの業火

「今日もデートか?楽しそうだな~!」

「バッカ、邪魔すんなよ~どうせこの後家でお楽しみなんだからさー?」

「『お楽しみ』とか古っ!」



ぎゃあぎゃあとうるさいな。

優希を後ろに隠して、俺はバカバカしい集団を睨んだ。



「好きにしろ。行こう、優希」

「う、うん…」

「おーいおいおい!置いていくなよ~」



隣を通り過ぎようとしたとたんに道を塞がれ、取り囲まれてしまった。

にやにやとこちらを見るやつらに混ざって、無表情で見てくるのは桾沢だ。

興味ないなら助けろよ、と思ったけど、別にこいつに助けられても困るから気にしないことにした。



「邪魔なんだけど」



そう言ったところで素直に従わないのはよく知っている。

俺は後ろの優希を見ると、困った顔でこちらを見てきた。


正直に言えば、優希は人に好かれやすい外見をしている。

簡単に言えば、モテる、ってやつだ。

中学生になるまで気づかなかったが、思えばチョコをあげる様なイベントの日や、誕生日にはいろんな人に囲まれていた。


そうやって囲ってくる人間は全員良いやつばかりじゃない。

目の前にいる様な困った奴らにだって彼女は好かれていた。



「優希ちゃんさあ、そろそろ俺達と遊ぼーよ」

「え…いや、私は…」



優希の中身の方は強くない。はっきり言えないタイプだ。

もごもごと言葉にならない声を出している。



「こんな地味なやつじゃなくてさ~楽しいお友達だって必要じゃん?」

「そーそー、こいつよりもっと楽しいことしよーよ」

「べ、べつに…私は…」



ブレザーの後ろが少し引っ張られる感覚。

優希の手だろう。困ったときはいつもこれだ。

仕方ないな。



「今日は早く帰らないといけないんだよ、こいつは」

「はあ?お前に口開けていいなんていってねーんだけど?」



突然豹変して俺を睨んでくる複数の顔。

姉貴の力をまた借りることにした。



「今日は俺の姉貴が優希と会う日なんだよ。

 もしお前らと遊んで帰りが遅くなったら、姉貴は探しに来るだろうな?」

「な、」

「もしお前らに絡まれてる優希を見たら、姉貴、どうすんだろうな?」



スマホをちらつかせて目の前の奴らを脅す。

今回も画面に映る『姉貴』のアドレス帳はしっかりと役に立った。

調子に乗ってた顔たちが、あからさまに嫌な表情に変わる。



「そろそろ止めとけよ」



劣勢に立たされるなか、終止符を打ったのは桾沢だった。

飽きたとでもいうように手をひらひらと振る。



「つまんねえ」

「はあ?」



とうとう初めから表情を変えずに背を向けた桾沢。

それを強引に振り返らせる手があった。



「お前さあ、今日機嫌悪すぎねえ?ムカつくんだけど」



ん?仲間割れか?



「うるせえよ、ほっとけ」

「っていうかさあ、最近態度悪くてムカつくんだけど」

「は?」

「確かに~全然ノリ悪いしさあ、そういうのがカッコイイって思ってるわけ~?」


「うるせえんだよ!!」



桾沢が肩に置かれた手を勢いよく払った。

その瞬間。




振り払ったその手は、真っ赤な炎に包まれた。




「おっ、おい!?なんだよそれ!」



手を燃やし尽くさんばかりの業火。

桾沢は火を消そうと腕を振り回した。



「おい!?どうなってんだよこれ…っ!?」


「やめろよ!!近づけんなよ!!」

「う、うわああああ!!」


「き、桾沢くん…!?」

「優希!下がってろ!!」



逃げる仲間たちに置いて行かれた桾沢は、混乱のまま腕を振り回している。

火は消えることなく、むしろ大きくなっているように見えた。

ちりちりと頬を刺激する感覚。

間違いなくそれは本物だった。



「くっそ!!」

「あ!おい!!」



俺の制止も聞かず、桾沢は混乱のまま走り去っていった。




静間にかえる路地裏。

あっという間に残された俺達は、ただただ互いの顔を見つめる。



「……帰ろう、優希」

「え?う、うん…」



通行の障害になっていた奴らはいつの間にかいなくなった。

俺はできるだけ何事もなかったように声を出して、優希の手を引っ張りその場を後にした。



さっきの光景を思い出して、もう一方の手に握られているスマホを見る。

『姉貴』と書かれたそれは、俺の意思に反して優希よりもずっと震えていた。


そう、きっとあれは…。



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