閑話 第3治療室攻防戦

悪夢の始まり

「ちゃんと病院に来なきゃだめですよ~」



ここは特殊治安局内 特殊情報管理室の一室。

小さな部屋の中で、私は白衣を着た女性と対面していた。


私よりも若い彼女は、困った顔をして言葉を放つ。

そのまったりした声に、私は小さい声で謝り、視線を逸らした。



「…すみません」




高ヶ埼たかがさき係長が率いる支援一課 2係と派手に大喧嘩をしてからの1週間は長かったような、短かったような、とても曖昧な時間だった。

人を殴るわ弾き飛ばすわ縛るわ、言霊と身体を酷使した私の身体は、あれからいろいろな不調を起こしていた。



特に頭痛が酷くて市販薬で紛らわしていたのだけれど

昨日ふらついたのがきっかけで、今関係長にバレてしまった。


怒られ、特殊情報管理室に報告され、そうして目の前の医者に呼び出されて今に至る。




「とりあえず簡単に全身を診てみたけど、辛いのは頭だけじゃありませんね~?」



茶色のくるくるした髪の毛がふわりと揺れる。

すこしぽっちゃりして優しい顔立ちの彼女は 柿山かきやまさん。

前に怪我の治療をしてくれたことがきっかけで仲良くなり、彼女の呼び出しだけ従っていたらかかりつけ医になってしまった。



「…頭だけです」

「私の符術はお見通しです。正直に言ってください~」

「…喉と、頭と、体中も痛いです」



そうですね~そうでしょうね~と柿山さんは手元のパソコンにぱちぱちと文字を打っていく。

おそらく私たちの間に浮いている紙によって見抜かれてしまったんだろう。

その符は青く光っていて、前の武闘大会でカケルくんの怪我の程度を調べるために使われていたのと同じに見えた。



「喉は言霊の使いすぎです。身体は痣と筋肉痛ですね、頭はおそらく…」

「…おそらく何でしょうか?」

「疲労ですね~」



頭の疲労で頭痛って何だろうか、いや、わからないでもない…?

突然曖昧にされて気になったけれど、次の柿山さんの発言にそれどころではなくなった。



「やっぱり、ちゃんと主治医の方に診てもらいま」

「嫌です」

「まだ最後まで言ってませんよ~」

「…柿山さんが私の主治医です」

「違います~」



緩い話し方の割にははっきり言ってくるんだよなあ、この人。



「吉川さんは専門の医師に診てもらわないと、正しく治療できませんよ~」

「治ればいいんです、毎回大げさに検査されるのは嫌です」

「もう~」



子供ですか~と言いながら柿山さんはキーボードを叩く手を止めない。

どう思われようと嫌なものは嫌だ。

あの医者だけは嫌だ!



「今回は頭痛緩和の飲み薬と、符の湿布をお渡しになると思います~」

「ありがとうございます」

「ちゃ~んと全部使い切るんですよ~」

「はい」



ぱち、と音を立てて柿山さんの指が止まった。

そのままパソコンを閉じて自分の膝に乗せる。


そして私たちの間に浮いていた符を掴むと、くしゃくしゃと適当に丸めてゴミ箱に投げ込んだ。


丸い大きな瞳がこちらを真剣に見つめてくる。

変わる空気を感じて、私も視線を前に向けて見返す。


彼女はゆっくりと口を開いた。



「私の検診はこれで終わりです。あとは主治医の検診を受けてから今日の診察は終了です」


「ありがとうございましたこれで失礼します」



私は早口で言い切ると、身体の痛みを忘れ勢いよく立ち上がった。

座っていた丸椅子がごろごろと後ろに下がる。

柿山さんの驚いた顔を無視して、私は一目散に背を向いて、扉に向かう。


逃げろ、逃げろ、彼が来る前に!




出入り口の引き戸に手を伸ばす。


が、その手動であるはずの扉は、勝手に開いていった。





…え。





「待たせてごめんね。…丁度終わったところかな?」



男性の声が、目の前から響く。

コツコツと音がして、置いていったはずの柿山さんが私の隣に来て、口を開いた。



「『雪園ゆきぞの』室長、ナイスタイミングです~。

 それでは私は失礼いたします~」



伊理塚いりづかさんに次いで数少ない心の友である柿山さんが、残酷にも私を見捨てて扉を閉めて行ってしまった。


静まりかえる小さな第3治療室に、声が響く。





「さあ、診察を続けよう」





顔どころじゃない。

全身から血の気が引いていくのを感じた。

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