鶴の一声はすべてを制す
「
静まり返った空間を揺らしたのは、今まで離れたところから見守っていた今関係長だった。
珍しくちゃんと焦った顔をして局長の元へ走っていく。
「お越しにならなくても問題ないとお伝えしたはずでは…!」
「ふふ、こんな面白いことに首を出さず、いつ出すのだ?」
今関さんの到着を待たず、花王院局長は小学生程度の身体に白いマントをまとった姿でこちらに歩み寄ってきた。
ぐえ、とかぐ、とか唸る局員を遠慮なく踏みながら。
やがて2~3m近くまで来た局長に失礼にならないよう、私も
「支援一課 2係 高ヶ埼
「はっ」
「もうよいだろう、あなたの負けだ」
「っ!」
敬礼を解いた高ヶ埼係長は、目を見開いて手を強く握りしめた。
その様子を気にも留めず、子供の見た目からとは思えない大きな芯のある声を響かせる。
「これ以上ボロボロの一局員をいじめたとしても良いことはない。他の7係や、もしかしたら雷鳴も総出で今のお前たちに強襲を仕掛けるやもしれんぞ。
そうしたらお前は太刀打ちできるのか?」
「…それは…っ」
「さっさと部下を起こして
そしてお前の言う『命の天秤』とやらについて、じっくり話をさせてもらおう」
「……はっ」
俯く高ヶ埼係長の表情は見えなかったが、すぐにくるりと背を向いて近くの仲間に声をかけ始めた。
はあ、と今関さんのため息が聞こえたので視線を戻すと、花王院局長と目が合った。
思えば、定期報告のミーティング以外でしっかり顔を合わせるのは初めてだ。
「ご苦労だったな、吉川 菜子」
「はっ、お助けいただき、あり」
「喋らなくとも良い、まずは休め」
「…はっ」
その気遣いに甘えた私は、ぺたりと座り込んだ。
菜子っちー!と向こうから声が聞こえる。
疲れた。もう身体は限界だった。
動けないし動く気も起きない。カケルくんたちに運んでもらおう。
すべての言霊の術を解いて、私は息を吐いた。
「局長…」
「なんだなんだ、今関、その顔は」
「いえ…まさかいらっしゃるとは…」
「お前は執務室でも同じことを言っていたな」
「それは…そうですよ…もう…」
後で聞いた話だけれど。
戦華繚乱を7係へ行かせたとき、突然執務室に花王院局長が訪れたという。
『世にも珍しい、モノに宿っていない付喪神がいると聞いてな』
見に来たぞ!ほうほう!あなたか!おおお!
と楽しそうに言ったらしい。
そうして今回の全体像を、なんと仮名係長もその上も上も超えて、直接局長が知ってしまった。
『面白そうだな。であれば今関、今回は内輪もめとして片付けろ』
『は…?内輪もめ…ですか?』
『うむ!いつも吉川を過保護に守ってばかりでつまらん、たまには暴れさせれば良い』
『吉川を?暴れさせ…?』
『奴ら、
組織のトップに抵抗できるわけがない今関さん始め末端の部下たちは、こうしてこの作戦を決行することになったのである。
―――――――――――――――――――――
2係と7係の抗争。
それは特殊治安局内でそれなりのニュースになった。
事後処理のせいで日に日に顔が死んでいく仮名課長には申し訳ない気分になったけれど、花王院局長が自ら関わったのもあって、この内輪もめは後を引くこともなくあっという間に解決した。
2係は数日の謹慎処分となり、高ヶ埼係長は、結果的に現状維持。
家の力や周辺の権力を持った人間に気に入られていたのもあり、守られた格好になった。
灯ちゃんは不満そうではあったけれど、誰より局長の座を狙ってきた彼女のキャリアプランへのダメージは大きい。
十分罰となっているような気もする。
『これで2係からめんどくさい絡みが減るわね♪』と今関さんは上機嫌だった。
実は今までにもいろいろと嫌がらせされていたらしい。
何故か聞いてみたら、今関さんは無言でにこにこ。
近くにいた埜々子さんに聞いてみたら、ぽつりと『今関ちゃんが悪い』といった。
「にしても、もう今日から復帰してだいじょーぶなん?」
ソファに座る私に、灯ちゃんはお茶を渡しながら気にかけてくれる。
そのお茶はわざわざ1係の係長 鴨川さんが労いを兼ねて差し入れてくれたものだった。
私はあれから執務室に戻って、有休を使って3日ほど休ませてもらった。
特に怪我をしていので特殊情報管理室に行くのは丁重にお断りし、ひたすら寝て体力と魔力を回復させて、今日から出勤した。
身体にはまだまだ違和感はあるが支障はない、たぶん。
「はい、また地下に閉じ込められなければ大丈夫です」
「そんときゃあたしが助けにいくからな!」
「頼りにしてます」
「おう!」
灯ちゃんは元気のいい返事をした後、名前を呼ばれて離れていった。
私はソファの隣で置かれている愛刀に手を伸ばす。
すすす、と指でなぞり、声をかけた。
「戦華繚乱、今回は本当にありがとうね」
――――――
「人前に出るの好きじゃないのに、ごめんね」
――――――
「これからも、よろしくね」
返答はなかった。
でも仄かに温かみを感じて、手を止める。
ふっと見えた白い手は、私の甲をやさしくひと撫でして消えていった。
『命の天秤』、ねえ。
価値観によって大きく変わるとはいえ、改めて縁視への現実を突きつけられた。
もう慣れたものだから、今さら気にすることはない。
人間でもそうでなくてもいい。
対等に接してくれる存在が1人でもいてくれる。
それだけでも、いいじゃないか。
なんて、思っているけれど。
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