そのころのふたり(さんにん)

「うわぁ…」

「派手にやってますね…」



僕と灯さんが急いで現場に到着した時、丁度3人目が吹っ飛んでいったところだった。


数十メートル先では既に激しい戦闘が行われていて、菜子さんが1人で複数の局員と大立ち回りをしていた。


更に向こうでは今関係長が『雷鳴』と思われる人と会話している。

落ち着いている様子だから、うまく話はまとまっているみたいだ。


視界に入った灯さんの横顔は僕と同じことに思っていたのか、ほっとした顔をしていた。




今関さんの作戦は、『雷鳴と2係の抗争』ではなく『7係と2係の内輪揉め』で場をおさめることだ。


菜子さんは付喪神の戦華繚乱せんかりょうらんさんの伝言を正しく受け取ったんだろう。

しっかりと派手な内輪揉めを演じてくれている。



「あ、また飛んでった」

「一応、軽傷で済むように手加減してるんですよね?あれ」

「たぶん、そうじゃねぇかな…」


「あ」



ふと周りを見渡すと、近くに知っている姿が転がっていることに気がついた。



「んんん、んんんん~~~!!!」


「ええ…」



四野見塚しのみづかだった。

何かに両手首を封じられ、口をもごもごと動かしている。



「…四野見塚、何してんの…?」

「んん、んんっっんんんんん、んん!!」

「ええ…」



何言ってるかわからない。

そしてどんな術式で封じられているのかもわからない。

符がどこにも貼られていないということは、きっと菜子さんの言霊だ。



「とりあえず、真っ先にやられたのはわかった」

「んっ!?んんんん~~~!!」



喋れないのに騒がしいなあ。

僕に菜子さんの術は解けないので助けることができない。

とりあえず身をよじらせているのを眺めていたら、隣から灯さんの鋭い声が僕の耳に刺さった。



「カケルっ、なんか飛んでくるっ」

「!」



長い棒がこちらへ向かってくるのが見えた。

問題なく避けられそうだけれど、それは明らかに動けない四野見塚の方向へまっすぐ飛んでいることに気づく。



「危ない!!」



考えるよりも先に、身体が動いた。



ガンッ



鈍い音がして、僕が出した符の結界に当たった何かがガランガランと音を立てて下に落ちた。

地面にヒビを入れて落下したそれは、大ぶりの槍のようなものだった。

先の部分が僕の顔より大きく、楕円状に尖っていて、平たい。

刺す以外にも叩きつける使い方ができそうな、特殊なものだった。



「大丈夫か、カケル!」

「はい!」



2係の誰かの武器だと思うそれから目を離して、四野見塚の状況を確認する。

…無事だ、怪我はないみたいだ。



「おーい、四野見塚~?

 あちゃ、口封じられてんのか…えーっと、これは確か…」



灯さんはぺらっと薄い符と筆を出して、さらさらと何かを書く。

そして



「ぶっ」



かなり雑に四野見塚の口に貼った。

数秒してから、灯さんは「よし!」と言って



ベリィ!


「いっっっっっっってえええええええええ」



勢いよく剥がした。



「お!解除成功~」

「オメェ!?痛いんですけど~~~~~???」



汚いとばかりに摘まんで拾われ、適当にぐしゃぐしゃにされた符は、灯さんの手によってぼっと燃えて消えた。

四野見塚は青筋を立てて地べたから非難の声を上げる。

そんな姿を見て灯さんは、はっ!と笑った。



「お口だけでも解いてやったことに感謝しろよな!」

「こんな荒療治あるかよ!?」

「あるある~」

「まっっじでムカつくなお前!!」



ぎゃんぎゃんと喚く四野見塚。

やっぱり騒がしい。



「おいカケル!この女何とかしろよ!」

「…僕にどうしろと言われても…解けてよかったね…?」

「んだよお前…っ!」



四野見塚は口を封じられていたときよりも暴れまわるように身をよじる。

でもその姿は水に触れて嫌がる芋虫のそれと同じだった。

僕は張った結界から手を放し、四野見塚の隣にしゃがむ。



「…さっき、なんで俺を助けたんだよ」

「さっき?あ、槍のこと?」

「…」

「特に考えなかったけど、菜子さん、四野見塚のこと気にかけてたから」

「はあ?」



武闘大会が終わって数日後、一度だけ菜子さんと四野見塚について話した。

その時の記憶を思い出す。



「『若手に大けがさせちゃったから、ちょっと心配なんだ。

  今後に影響しないと良いけど…』って」

「…ちっ…」



四野見塚は目線を逸らして、盛大な舌打ちをした。

まだあきらめずにもぞもぞと身体を動かしている。



「あんまり暴れると身体がつるよ」

「さっさと解けよ!あの女、ぶっ倒してやる!」

「それなら余計解けないよ。それに、今菜子さんに飛び掛かっても勝てないと思うけど…」



再度悲鳴が聞こえた。

顔をあげて向こう側を見てみれば、大きな男があお向けで宙に浮いていた。

いや、浮いていているんじゃない。

下によく見たら菜子さんの小さな体があった。



「…人って自分の体重以上のものを持つのは難しいんじゃなかったですか?」

「うーん、実際は自分の体重の…って、菜子っちだからできるんじゃね?」


「おらあああああああああ!!!」



どういう理屈だろう。

普段とは考えられない菜子さんの咆哮が聞こえたと思うと、そのまま投げ飛ばされた大男。


僕らは2係の何人かにヒットするのを見届けた。



「いっえーーい!」



灯さんがガッツポーズした。





――――――――――――――――――――――




「はあ…はあ…」



数十分して、状況はすっかり変わっていた。

周りには気絶したり動けずにいる同じ制服姿がちらほら落ちている。


私はさすがに体力や魔力を消耗してしまい、息が乱れていた。

言霊をたくさん使っているから、喉が痛い。

口の中にはわずかに血の味を感じた。


うう、口から魔力が漏れている。



「あとはあなただけです、高ヶ埼たかがさき係長」

「…なるほど」



ようやく口を開いた彼女は、組んでいた腕を解いた。



「死にぞこないの人間にしてはやるわね、褒めてあげるわ」

「…は、それはどうも」



私は呼吸が落ち着き、乾いた唇を舐めて刀を握りなおした。



「そのご褒美として、1つお伺いしても?」

「…何かしら?」


「あなたは『縁視』にどうも妙な価値観をお持ちのようですが、なぜですか?」

「…なぜ?」



彼女はさも当たり前のように微笑んでこちらを見た。



「『一般的な価値観』よ。あなたの周りには同情して優しくしてくれる人がたくさんいるようだけれど、現実は違うわ。

 あなたの命なんて、健常者の命と比べたら軽いものよ」


「……」



自分の胸の内に広がる怒りをなんとか抑える。

視界の端では怒り狂う灯ちゃんと、必死に止めるカケルくんが見えた。


1回、深呼吸してからもう一度口を開く。



「で、あれば、

 あなたのその狂った『天秤』が、今回の敗因です」

「それは、私のサーベルを受けてもらってから言ってもらいましょう」



きっとこの体力じゃ勝てない。

でも、ギリギリまでは攻め込めるはず。

はっきりした血の味を感じながら、刀を構えた瞬間。





「そこまで」



この場に似合わない女の子の幼い声。

けれど、思わず誰もが黙ってしまうほど強い力となってこの場に響き渡った。



「あ、あなたは…」



声の方を向いた途端、高ヶ埼係長は真っ青な顔をしてサーベルを下ろす。

その震える声はきっと、私にしか聞こえないくらいの小ささだった。



花王院かおういん局長…!」


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