7つと2つの大乱闘

「2係は、それはそれは優秀な係長とメンバーが揃っている、と聞いていましたが」



私は同じ軍服を着た集団に1人で対峙していた。

さっきまで一緒にいた瀬くんや悠馬くんは、『雷鳴』のメンバーに合流して今関さんと話をしている。

…よし、このくらい離れていれば、問題ないだろう。



「実態は随分と低レベルの集団だったようですね。

 ねえ?高ヶ埼さん?」


「吉川ぁ…テメェ…っ!」



煽りに早速反応したのは忍者装束しょうぞく四野見塚しのみづかだった。

ギロリとこちらを睨むその顔は、いつかの武闘大会よりも憎い感情が剥き出しだ。


だけど、どんなに凄んで威圧してきても私に効果はない。



「…四野見塚」



名前を呼ぶと、彼は私の動きを読もうと目を凝らしてきた。

私は深く息を吸う。


その後の展開に気づいた高ヶ埼係長が声をあげた。



「! 耳を塞ぎなさい四野見塚!」

「え?」


「『捕縛、対象:両手、両足、効果:強』」

「ぐっ!?」

「あ、口もね」

「もごお!?」



四野見塚は突然ばたりと倒れた。

芋虫のように身をよじらせるが、なにかにぐるぐる巻きにされたように動くだけで解くことができずにいる。


名前を呼んだことを言霊の一部と思わなかった。

それが敗因。


1人、完了。



部下を助けられなかった声の主、高ヶ埼係長は一瞬悔しそうな顔をして、すぐに冷静な顔に戻った。

私は彼女の目をまっすぐに見て、声を張り上げた。



「7係に売った喧嘩、買わせてもらいます!」

「………」



黒い髪を払い、彼女は腕を組む。

腰に下げたサーベルに手をかける様子もなく、余裕そうな表情で私を見つめた。

その周りには2係が数名、彼女を守るように立ちふさがっている。


同じ組織の仲間…と思う彼らは、今はもう敵だ。



「いくよ、戦華繚乱」


――――――もちろん、でありんす。



刀を引き抜くと、いつもより光を反射して、彼女はとても輝いて見えた。



―――――――――――――――――――



「よくも…慧くんを…!」



次に飛び出してきたのは自分よりも少し低い背丈の女の子だった。

確か、武闘大会で負けた四野見塚にいち早く駆けていったのはこのショートカットの子だったような気がする。

よく見たら軍服の下には同じような忍者装束が着込まれている。

もしかして、この子も忍者?



「四野見塚 茜、参ります!」

「ん?」

「弟の無念、私が晴らします!!」



お姉ちゃんだったのか!

随分親しい間柄だと思ったら、姉弟で2係に所属していたんだ。


彼女は地面を蹴り、四野見塚弟よりも素早いスピードで一気に間を詰めてきた。

刀を構え、私はいつも通り身体強化を施し一撃を迎え撃った。


忍者の刀と支給品に化けた刀がガリガリと音を鳴らし、嫌な音が耳に届く。

さすが年長者なのか、ひとつひとつの動きは弟よりもずっと早く、重い。



「…弟さんには武闘大会でお世話になりました」

「よくも、よくも慧に大ケガを…!」

「無事に回復されたようで…よかったですね!」

「!」



刀を大きく振って彼女と距離を取る。

すぐに飛んできた風の刃を避ければ、私の背後の地面を深くえぐり出して消えていった。

…わあ…。


内心驚きつつ、表情に見せないように私は煽りを続ける。



「さあ、次はあなたが大ケガする番です」

「…っ!いいわ!」



彼女は可愛らしい顔でにやりと笑うと、巻物を取り出した。

紺色のそれには、見たことのある銀色の文字の羅列が大量に並べられている。

これ、巻物かと思ったけど…1枚の大きな符?



「あなたには特別に、四野見塚家伝承の技を見せてあげるわ!」



彼女は巻物を乱暴に広げ、大きな動作でを宙に投げた。

すると、少し上空へ飛んだそれはひとりでに回転をし始める。


周りの空気が暴れ始め、その回転を中心に暴風となって辺りを巻き込んでいく。

私は巻き込まれないようにバランスを取ってゆっくりと後ろに下がり、さらに彼女と距離をとった。



やがて高速で回転をしていた符は光を放ち――――――



「風奥義『大風車だいふうしゃ』!」



1つの巨大な手裏剣が姿を現した。




手裏剣の周りには、近づくだけで切られてしまいそうなほど鋭い風が渦巻いている。

縁は床や建物どころかありとあらゆるものに暗い線となって繋がっていた。

縁は暗ければ暗いほど『身の危険』を表す。

これは、1回投げるだけでも辺りがめちゃくちゃになりそうだ。


と、思っていると早速腰を落として投げる体制に入った。

あれくるの?そのままこっちに?


しっかりと私と繋がる暗い色の1本を視て、私は彼女の動きに注視した。



「受け止めてみなさいっ!」



ぶおん、と音をたててそれは勢いよく放たれた。

大嵐をまとったそれは、空中を通っているのに直下のコンクリートが勢いよく割れて、破片を巻き込んでいく。


…と、ともかく縁の色が良くなる方へ!

受け止められるわけがない!


私は左側に走り出す。

繋がっている縁は少しずつ明るい薄緑色になっていく。

風にあおられながらもぎりぎり一撃をやり過ごした。



「はあ…すごいなあ、符術って……ん?」



あれ?縁が消えない。

さっき避けたよね、なんかもっと危険な縁に…暗くなってるような…。


まさか、と後ろを振り返ると、

そこにはぐるりと回って戻ってくる手裏剣が迫っていた。

しかも、風で巻き込んだのか大量の瓦礫を引き連れた巨大な玉となって。



「!?」



私は四野見塚 茜のいる方へ駆け出した。

後ろから猛スピードで塊が迫ってくる。

ごうごうと鳴っていた風の音が、地鳴りのような激しい音に変わっていく。


前方に飛んできた彼女の小さな風の刃を受け流しながら、私は戦華繚乱に声をかけた。



「戦華繚乱!」


―――――――――はい、はい。



私は一瞬しゃがんでから、勢いよく地面を蹴った。

強化した脚力によってそのジャンプは四野見塚姉の頭上を余裕で越える。


後ろには、巨大な手裏剣が迫っていた。



「『強欲』!」



唱えると同時に支給品の刀を真後ろに、巨大な手裏剣の方へ投げた。

その瞬間、刀はぐにゃりと歪み、黒くて丸い空間がぽっかりと口を開け―――――――


塊ごと、手裏剣を飲み込んだ。



「あ……え……?わたしの、大風車は……」



絶句する彼女。

さっきまでいた大嵐は、もういない。

消音したかのようにピタリと静かになった空間で完全に動揺していた。


彼女と少し離れたところに着地した私は、その彼女の姿から丸い空間へ視線を変える。

ぱちん、と右手の指を鳴らせば、その丸い空間から無数の影が飛び出した。




「きゃあああああああ!!!」



にょきにょき、と黒くて丸い玉から紐のような線が飛んでいく。

先には子供のような小さな手のひら。

逃げ回る彼女を嘲笑うようにひとつ、またひとつ捕らえていく。


それはやがて大きな手となり、彼女をしっかりと掴んだ。



「な、なんだよあれ…」

「きいたことねえぞ…あんな術」


「な、何をする気よ!離しなさいよ!!」



ここまで捕らえられれば抜け出せない。

すべてを欲する『強い欲望』には逆らえない。



「やめて、どうするつもりよ!!

 や、やめ、……て……め………あ、アアア…!!」



やがて悲鳴と共に、彼女は黒い球体に吸い込まれ姿を消した。





…戦華繚乱。


念を送ると、ろれつの回らない声が聞こえてきた。



―――――なによお、なんかへんなものてにはいっちゃったわ

     なんかごつごつしてるし、だれこのこ?



その子、手裏剣と一緒にどこかに出してあげて



―――――えーーーーー、ま、いいけど

     どこにすてとけばいいのお?



…うーん

あ、そうだ。

私の実家の近くにある河川敷にお願い。

あそこなら人目につかないし、自力で戻ってこられると思うし。



――――――――はーーい



どしゃ、ぎゃ!

遠くから物音が聞こえた。




2人、完了。


運悪く伸太朗に見つかってないといいけど。




『…あの、大丈夫、ですか…?

 その服、姉貴と一緒…?』



…なにか、聞こえた気がしたけれど、気のせい気のせい。





「…お帰り、『虚飾』」



黒い球体は音も立てずが元の刀に戻って私の手に入る。

声をかけると、数秒して頭に返事が響いた。


――――――――相変わらずの気持ち悪さでありんす。



戦華繚乱という歌のテーマは『八大悪』

悪にちなんだ8つの姿を持つ。

それがこの神様の特徴だった。


…この花魁、『虚飾』以外はほとんど出てこないけどね。

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