作戦決行の10分前
「明人!悠馬!」
「っ沖永さん…!」
戦華繚乱さんの案内でようやく太陽の光の下に来た僕らは、大声で名前を呼ぶ姿を見つけるのに時間はかからなかった。
人の集団から抜けて駆けてくるのは沖永さんだ。
近くまで来て僕らを上から下まで見ると、ほっと息を吐く。
「無事なようだな、よかった…」
「すみません!急にいなくなって…」
本当だ、まったく、と沖永さんは片手を額に当てて頭を振った。
「少し店を空けて戻ってみれば、誰もいないし荒らされてるしで、大騒ぎだったんだぞ」
菜子さんを視界に入れた沖永さんは、一瞬言葉を詰まらせた。
「吉川さん…」
少し気まずそうな、でも警戒した顔をして菜子さんを見ている。
その視線に気づいた菜子さんは、緊張した面持ちで見返した。
「…君が、巻き込まれるとは思いもしませんでしたが、お怪我は」
「派手に殴られてたんこぶが1つ、ってところです」
「吉川さんが僕らを助けてくれたんです!ですよね?悠馬さん!」
さっきの菜子さんの『作戦』を聞くに、まずは仲間たちの勘違いをしっかり解かなければいけない。
僕はどうしても沖永さんに伝えたくて、悠馬さんに声をかける。
悠馬さんはああ、と小さく声を返した。
でもその視線の向こうは沖永さんより向こうを見ている。
その先を追うと―――僕はどきりとした。
180センチはゆうにこえる大きな背に、がっしりとした筋肉質の身体。
オールバックの黒髪と、浅黒い肌に刻まれた傷や顔の皺。
人を威圧するには十分すぎるほどの風貌。
無表情でこちらに歩み寄ってくるのは間違いなく、僕らのリーダー。
「だから…違うんです…」
僕はその気迫に思わず声が小さくなっていった。
「菜子さんは…今回の被害者で…僕らを…その…」
「大丈夫だ、明人。ちゃんとわかっている。
だろう? 晋」
天笠さんは何も言わずに沖永さんの隣に来た。
僕らを見ていた視線は、じっと菜子さんの方に向けられる。
菜子さんは少しだけ眉間に皺を寄せた。
「……お前が、『縁視』の吉川か」
「…初めまして。支援一課 7係の吉川 菜子と申します」
天笠さんの低い声に菜子さんは抑揚のない声で返す。
周りにいる仲間たちの表情も硬く、一気に緊張感に包まれる。
そのピリピリした空間を破ったのは、菜子さんの方だった。
「この度は、2係との『内輪揉め』に巻き込んでしまい、申し訳ございません」
「…『内輪揉め』だと?」
「そうです、これは我々7係に対する2係の『宣戦布告』です」
更に空気を変えるように聞こえたのは別の女性の声。
辺りを見回せば、いつのまにか菜子さんの隣に女性が立っていた。
同じ白い軍服に黒縁メガネをかけ、ほくろを持つ赤い口元は優しく微笑んでいる。
明るい茶色の髪は後ろに丸くまとめられていて、少しだけ吊り上がった目元からは知的な印象を感じた。
この人は誰…?
「初めまして、リーダーの天笠さんをはじめ雷鳴の皆さま。
私は特殊治安局 支援一課 7係 係長 今関 雫と申します」
係長…ってことは、菜子さんの上司?
一気に周りの視線を集めた今関さんという方は、微笑みを深めて隣の菜子さんに顔を向けた。
「無事でよかったわ。吉川」
「はい。2係に後れを取ってしまい、申し訳ございませんでした」
「いいのよ。あなたが無事ならそれで充分。
…さて、あなたは先に行ってて頂戴」
「はっ。
それじゃあまたね、瀬くん、悠馬くん」
「あ、はい!」
「…おう」
いつも通りに笑いかけた菜子さんは、そのまま僕らに背を向けて歩き出した。
その向こうに目を向ければ、今回の事件の元凶である集団が見える。
本当に作戦通りにするんだろうか、思わず悠馬さんを見たけれど、眉間に皺を寄せて何も言ってくれなかった。
『係長から指令でございんす。
今回の首謀者、2係の喧嘩を買ってあげてくんなまし。
戦闘を、許可しんす』
集団にたった1人で向かって行く小さな背。
不安を感じながらも僕は見送ることしかできなかった。
―――――――――――――――――――――――
今関さんと名乗った女性は、菜子さんの背中から目を逸らした。
そのまま表情のない天笠さんに向けて口を開く。
「今回、我々7係と瀬くん、荒道くんと襲撃し監禁したのは2係です。
2係は一刻も早くあなた方『雷鳴』を潰したかったようですね。
それで瀬くん訪問のチャンスを狙って襲撃、転送の符術で閉じ込めた。
局員が雷鳴に捕らえられた、ということにしてあなたたちを叩く。
その作戦に必要な
全く困ったものだわ、と話し続ける女性は、天笠さんの無言の圧力に動じない。
こんな人滅多に見たことがない、縁でさえ恐怖の欠片も視えなかった。
「万一この計画がバレてしまっても、2係に不利益はないわ。
あなた方『雷鳴』が局員である吉川を見せしめに痛めつけてくれれば、7係への良い嫌がらせになる」
「結局は特殊治安局内のいさかいに我々を巻き込んだ、と?」
沖永さんが天笠さんの代わりに口を開いた。
「そういうことになりますね。おそらくは、
…と、いうことで、この件、我々7係に任せていただけないでしょうか?」
「……………」
空気感が変わった。
呼吸の音が聞こえそうなほど静かで、ピリッとした緊張感が漂う。
僕らのリーダーは何も表情を変えず、じっと今関さんの瞳を見ている。
何を考えているか全く読めない妙な沈黙。
誰もが天笠さんの言葉を待っていたけれど――――
「帰るぞ」
その言葉を言うか言わないか、リーダーはくるりと背を向いて歩き出してしまった。
付き合いの長い沖永さんは察したのか、少し目を見開いた後、はあ、と言って頭をかく。
「今関さん、といいましたね?」
「ええ、沖永さん?」
「…今回はあなたの部下のおかげで仲間が無事に帰ってきましたので、見逃しましょう」
「ありがとうございます、感謝いたします」
「今回だけですよ」
ええ、と今関さんはにこにこ笑った。
仲間が次々と天笠さんを追って去っていく。
何となく僕は留まっていたけれど、沖永さんに背を押されて足が動く。
「………悠馬さん?」
ただ1人、悠馬さんだけ動かず今関さんを見続けていた。
その視線に気づいた今関さんは、何か?と首をかしげる。
悠馬さんは一拍おいて口を開く。
それは絞り出すような声だった。
「『縁視』ってのは」
「ええ」
「…仲間にもこんな扱いされんのかよ」
ぴたっと僕の足が止まる。
それにつられて沖永さんの足も止まった。
今関さんは一瞬考え込んで、言葉を返す。
「全員が全員じゃないけれど、まあ、そういうときもあるわね」
「…チッ」
「でも、大丈夫よ。
あの子は泣き寝入りするような子ではないもの」
「は?」
「きゃあああああああ!!!」
女性の絶叫が響いた。
聞いたこともないような声の主を探して僕は辺りを見回す。
すると、今関さんたちの向こう側で信じられない光景を見た。
黒い、暗い、大きな塊。
そこから出てくる無数の紐のようなもの。
よく見たら先端が小さな手になっている。
無数のそれらは白い軍服の女性を絡めとっていた。
小さな手は女性の身体を覆っていく。
白い姿が黒で塗りつぶされていくように、抵抗も空しく見えなくなっていく。
そうして飲み込まれていく女性の姿に、ぞわり、と悪寒がした。
黒い塊の下を見る。
そこには、微笑む菜子さんがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます