病み光明
「へえ、縁ってそんなにころころ色が変わるんですか?」
「基本的に変わらないけどね、近くの物を集中してみると特に顕著に変わるよ」
特にやることもなく暇になった私は、瀬くんと『縁視』談義に花を咲かせていた。
最初つまらなそうにしていた悠馬くんも、なんやかんやで寝ずに聞いている。
「近くの物、ですか?意識して視方を変えたことはないですね…」
「練習すればできるようになるよ」
「そうなんですか…!」
瀬くんの瞳はキラキラしている。
前にも聞いたけれど、同じ縁視と話すことは滅多にない…というか、私しか知り合いがいないらしい。
私としても、瀬くんの担当をさせてもらっているし、少しでも彼に関する情報が得られてありがたい。
「ちなみに、縁は視界に勝手に映ってくるのかな?」
「そうなんです。突然ふわっと見えて、消えるんです」
「へえ、そうだったんだな」
楽しそうな瀬くんを眺めて相槌を打つ、
悠馬くんの表情は穏やかだった。
初めてじっくりと話をしたからこそ気づいたけれど、
悠馬くんは瀬くんに対して弟分のように思っているみたいだ。
瀬くんの力である縁視のことについて興味はあるみたいだし。
「お前、時々変なところを見てるよな。そういう時に視てんのか?」
「そうなんです、変な色の縁があるとつい見てしまって」
「変な色ってなんだ?」
「はい、暗い色とか、なんか変なオーラ纏ってるとか」
「変なオーラ?」
悠馬くんがハテナを浮かべて瀬くんを見た。
うーん、と声を出してから、彼は口を開く。
「縁の線にもやもやがくっついてるんです。まがまがしい感じっていうんですかね…」
きょろきょろと辺りを見回す瀬くん。
私もつい一緒にきょろきょろすると、1つの縁に目が止まった。
「あ、ちょうどあんな感じでもやっとしている…紫の…あれ?」
瀬くんはその縁に指を指す。
それはすーっと扉の方へ向いてーーーーーーー
「ずいぶん楽しそうにおしゃべりをしていんす」
扉の隙間から真っ白な顔が見えた。
「「「ぎゃあああああああああああ!!!」」」
3人の絶叫がホコリだらけの部屋に響き渡った。
「…せっかく助けにきたのに、随分失礼な態度でありんすね」
まっしろな顔から響くのは聞きなれた
私は頭で理解するよりも先に口から言葉が出た。
「戦華繚乱!」
「は!?あれが!?」
まっすぐに指をさす悠馬くんに、扉の隙間から見えている戦華繚乱の瞳がすっと細められてく。
文句を言いたい目だ。
「ご名答でありんす。今から結界を解きんすから 、少々お待ちくんなまし」
「え!?結界を解けるんですか…?」
瀬くんの言葉に返事をせず、白い顔は扉の隙間から見えなくなった。
紙が裂かれる音や、バチバチと火花に似た音が聞こえてくる。
悠馬くんが感心とばかりに声を上げた。
「付喪神も解術なんてできるんだな」
「私の力をたっぷりあげたからね、このくらいは大丈夫だよ」
「ふーん、そうなのか」
やがて、音が聞こえなくなると、ぎぎぎ…と扉がゆっくりを開かれた。
「「……………」」
「お疲れ様~」
扉の向こうには階段があった。
やっぱりここは地下だったみたいだ、少しだけ光が差し込んでいるし、上れば案外すぐに外に出られそうだ。
よかったよかった。
「…なあ、明人」
「なんですか?」
「さっきのヤツ、扉の向こうにいたよな?」
「…そうですね」
「…いねえけど?」
「ここにおりんすが?」
「「ぎゃあああああああああああ!!」」
わざわざ2人の背後に現われた白い顔に、またしても叫び声が響き渡った。
――――――――――――――――――――――――
「で、今関さんたちは何だって?」
それからどうするか話し合った結果、先に僕らを『雷鳴』に返してもらうことになった。
菜子さんと戦華繚乱さんが話し込んでいる後ろを、僕と悠馬さんがついていくように階段を上っていく。
「付喪神ってすごいですね、僕、初めて見ました」
「だな、俺もだ」
僕らの視線はまっすぐ戦華繚乱さんに向いていた。
花魁のイメージそのままの赤くて豪華な着物を身にまとい、ふわふわと浮いていること以外は普通の人に見える。
「符術が使えない人に会うのも初めてです。どうしてでしょうね?」
「さあな、でも…」
「なんですか?」
「本人には聞かない方がいいぜ」
何故だろう?
聞きたかったけれど、悠馬さんは菜子さんに気づかれないように小さな声で耳打ちした。
「お前は目の見えないヤツに『どうして目が見えないんですか?』って聞けるか?」
「…それは…」
「つまりそーいうことだ」
それより、と悠馬さんは話題を変えた。
「吉川が歌ってた時、また『あの姿』だったのか?」
「はい!そうなんですよ!」
悠馬さんは振る話題を間違えた問わんばかりの顔をしたけど、僕は気にしないで言葉を続けた。
「何度か見ました。菜子さんが『縁視』の力をつかうときの姿…やっぱり綺麗です…」
「前も聞いたけどよ、どんなんだっけ?」
「ええと、真っ白な髪と、真っ白で陶器みたいな肌で…
何より、瞳が
「縁の色?」
初めて菜子さんが僕を訪ねてきたときを思い出した。
階段を下りてきた僕の『縁』を見るために力を使った菜子さんの瞳に、吸い込まれそうになったのをよく覚えている。
「視えている縁の色が瞳に映るんです。いろんな色が動いていて…そうです、『極彩色』っていうんだと思います」
「ふーん」
髪や肌はなにもかかれていないキャンバスのように白いのに、瞳の色だけは鮮やかな色が踊る。
それはまるで白黒写真が突然息を吹き替えしたかのように色めくような光景。
時が止まり、一瞬の幻想を見ているような感覚だった。
「…瀬くん、ちょっと、恥ずかしいって…」
いつの間にか聞いていたらしい、振り向いて声をかけてきた菜子さんは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「えっと…悠馬くん、瀬くん。この後なんだけれど」
「おう」
「はい」
「1つ作戦を決行することになったよ」
階段を上り切った先には、むき出しのコンクリートが散乱する廃墟が広がっていた。
菜子さんはその冷たい床に立ち、真剣な瞳で僕らを見る。
「そのためには少しだけ協力してほしいことがあるの。いいかな?」
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