奇怪な来訪者

「……なるほど、ね」



この7係の執務室内で、唯一冷静な長は左手で顎を触り、ふむふむと頭を振る。

僕らは、ただひたすらに口を開けて事態を飲み込めなくなっていた。



「ぶはっ!べっ!」



あ、目の前で花びらと闘っている灯さんを除いて。






今関さんが『少し待ちましょう』と言って僕らがやきもきすること2時間近く。

その時は突然訪れた。



「…ん?」



7係で一番符術に長けている灯さんが、何かを察知してきょろきょろした時だった。

ぶわっと何もないところから、突然部屋中に舞い散る白っぽい何か。

それが季節外れの桜の花びらだと気づいたときにはほとんどが床中に散らばっており、


見上げると、着物を着た背の高い女性がソファの前にある机に立っていた。



真っ赤な着物に、細かい刺繍が大きな帯が前面に結われている。

大きな頭にたくさんの飾りがつけられ、白い顔の目じりや唇には赤い差し色が入っていた。

足元は異常なほど厚底な草履のようなものを履いている。


この姿って…。



「花魁…?」


「あら、ご存じでありんしたか」



女性は花魁らしい言葉でこちらを見て口を開いた。

白塗りでもわかる綺麗な顔は、笑顔もなく執務室を一瞥して言った。



「わっちの主、菜子さんのことを話しに来んした」




――――――――――――――――――




「菜子ちゃんは確かに今、閉じ込められているのね。

 『雷鳴』の子たちと一緒に」

「その通りでございんす」



花魁の一番近くにいたせいで大量の桜の花びらを口に入れることになって苦しむ灯さんを放置して、僕らは花魁さんの話を聞いた。

にわかに信じがたいけれど、今関さんはなぜか彼女の言葉を疑わず鵜呑みにしている。

僕はどうしても納得できなくて、今関さんに声をかけた。



「…今関さん、高ヶ埼係長の言っていることと矛盾しませんか?」

「そうね、明らかにおかしい点があるわ」

「信じて大丈夫なんでしょうか…」

「わっちが信じらりんせんのでありんすか?」



ふわりと机を降りた花魁さんは、僕に近づいて見降ろしてくる。

その瞳だけでも高嶺の花のような上品さと洗練された雰囲気を感じた。

限られた人間にしか会うことすら叶わない上級の花魁っていうのは、こんな人なんだろうか?



「わっちはぬしとよく顔を合わせていんすが、わっちを知りんせんのも無理はないでありんしょう」



そう言って厚い着物に覆われた手を前に出すと、花吹雪のような光がたくさん現れて、1つにまとまっていく。

やがて光を失うと、見たことのある細長いものになった。



「それって…菜子さんの刀…?」

「そうでありんす。わっちは彼女の武器であり相棒である、刀に化けていんした。


 わっちの名前は『戦華繚乱せんかりょうらん』、歌に宿る付喪神でありんす」



歌?付喪神?刀…?



「私から説明するわ」



僕の混乱を見抜いた今関さんは、微笑んで花魁さんに手を向けた。



「この方は歌に宿る『付喪神』で、菜子ちゃんの刀として助けてくれているのよ」

「そう、なんですか…」


「前に、菜子ちゃんは符術が使えないって言ったわね」



特殊治安局で働き始めてすぐ、菜子さん自身が僕に教えてくれた。

小さいころから不器用だったけど、今となっては符に魔力を込めることすらほとんどできなくなってしまったと。

僕が頷くのを見て、今関さんは言葉を続けた。



「その代わり、あの子は『言霊』が使えるでしょう?

 だから声を介して歌に宿る付喪神に力を与えて、疑似的な符術を使っているの」

「疑似的な、符術…」

「確か、菜子っちは失せもの探しでも付喪神の力を借りてるっつってたな。

 初めまして~あんたを符の中に隠す術を使ってんのはあたし、灯だよ」

ぬしはよく知っていんす、よろしくお願いいたしんす」



そっか。菜子さんはいつも刀を隠しておくために灯さんに符を作ってもらってたっけ。

だから灯さんは付喪神だって知ってたんだ。



「…で、話を戻すけど、菜子ちゃんの様子は?」

「主さんなら頭にたんこぶができていんすが、大きな怪我はしていんせん。

 他の2人も同様でありんす」



…よかった。ひとまず菜子さんは無事だ。



「自力で脱出はできそうかしら?」

「結界が張られてありんす。自力で脱出することは手数でありんしょう」

「難しいってことね…」



結界って内側から壊せないんですか?と灯さんに聞いてみると、悔しそうに頷いた。

おそらくその結界は『捕縛用』

無理矢理壊すこともできるけど、内側に攻撃を反射する特徴があるから壊せても無傷では済まないと言う。



「せめて場所がわかればいいけど…あの子の端末、電波をキャッチできないのよね…」

「わっちがこれから外から結界を壊してあるじさんたちを助け出しんす」

「え、いいのかしら?」



花魁さん――戦華繚乱さんを見上げると、ようやく表情を崩して頷いた。



「他の人間に興味はありんせん が、あるじさんを見捨てるわけにはいきんせん」

「それなら、お願いできるかしら」

「わかりんした」


「行く前に1つ、教えてもらえないかしら」



優雅な動きでゆっくりと背を向いた戦華繚乱さんに、今関さんは声をかけた。

何事かとこちらに視線を向けてくる。

質問する声は少し緊張していた。



「結界を張った人たちの姿は見たかしら?どんな人だった?」

あるじさんたちを襲ってきた人でありんすか?」



―――ぬしたちと同じ白い服を着た方々でありんす。



その言葉を聞いて、僕らの嫌な予想は的中したことを悟った。


今回の首謀者は…。

ぐっとこぶしを握り、その相手の顔を思い浮かべて下唇を噛んだ。



「それでは、さらばでありんす」



コン コン



戦華繚乱さんが消えようとした瞬間、執務室に響くは来客の音。


戸惑う空気感。


とりあえず開けてと今関さんに指示された僕は、恐る恐る扉を開けた。





その先にいたのは、あまりに意外な人物だった。




「面白そうなものを感じて来てみれば………ほうほう、なるほど、なるほど」




戦華繚乱さんでさえ、少しだけ目を見開いた。

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