戦華繚乱

ぽかんとした顔からいち早く我に返ったのは瀬くんだった。



「あの刀、たくさん縁がつながっているなと思っていたんです。

 『付喪神』だったんですか?」

「そうだよ。私に協力してくれる『歌の付喪神』」



「『歌の付喪神』って何ですか?」



目をキラキラさせて瀬くんが聞いてくる。

私は座ってから説明を始めた。



「『付喪神』自体は知っている?」

「はい、確か物に宿る神様ですよね?長い間人に大切にされた物に生まれる神様だって聞いたことがあります」

「そう、あってる。私が言っているのは、物ではなく『歌』に宿る付喪神なんだよ」

「歌にも宿んのかよ」

「うん、宿るよ。人々に歌われ、世代を超えて大切にされてきた歌にも付喪神は宿るの」



私は言霊を使える。

それは歌声でも十二分に力を発揮して、様々な『歌の付喪神』から力を借りることができる。



支給品の刀に化けて一緒にいてくれるあの『相棒』は、

『エニシミエシミ』の蝶々たちと同じくらい力強い仲間だ。




私の言葉を聞いて、2人は不思議そうな顔をした。

そうだよね、普通は思うままに術を使えるわけだし、わざわざ付喪神に力を借りる必要はないもんね…。




「私がここから声で『縁』を介して『あの子』に状況を伝える。

 それで『あの子』に7係の応援を頼んで、外から結界を破ってもらう」

「そんなことができんのかよ!?」

「『縁』にそんな使い方ができるなんて…」



善は急げだ。

きっと『あの子』は答えてくれるはず。

私は身体を動かした後、大きく息を吸った。




―狂乱響け 踊れ踊れ 咲き狂うは



ぶわり、と足元から桜の花びらが舞い上がった。

乱れる様な桜吹雪はあっという間に狭い小部屋を覆っていく。



―運命に絡まれし戦乱の沈丁花ちんちょうげ



「うわ、前見えねえ!」

「べっ、花びらが口に」



―さあ さあ 握れ、その八つ忌み子

刮目かつもくして見よ 大輪と朽ちる花の御姿



「『戦華繚乱せんかりょうらん』!」




降り注ぐ花びらを纏った桃色の縁が、壁を突き抜けて私と遠くの何かに繋がった。

その先は視えないけれど、確かな手ごたえを感じる。


いつも傍にいてくれるあの暖かい感覚。


頼れるのはあなただけだよ。


お願い、届いて。



部屋は静間にかえる。

やるべきことは、果たした。




「す、すごい、綺麗…」

「……すげえ」



同じ縁を視ていたらしい。

瀬くんは私と同じ方向を見た後、私をじっと見つめていた。

ぽーっとしたような表情は初めて会った時と似ている。


やがて桜の花びらが消えると、2人は顔に貼りついていたそれを確かめるべくぺたぺたと触っていた。



「…待とう、助けを」



私の言葉に、2人は黙って頷いた。



――――――――――――――――――――





……。


……どなたの声でありんしょう。



ああ、こなたの声は、あの方の声でありんす。




どこにいるのでありんすか 。


またわっちを置いて、どこへ遊びに行ってしまいんしたのでありんすか。




ぬしさんが意識を手放してどこかにいってしまってから


ずっと部屋の片隅に置き去りにされておりんした。




こなたの場所はやかましくて困ってしまいんす。


主さんの名前も聞こえんすが、主さんはここにおりんせん。





早く取りに来てくんなまし。






…わかりんした 。


主さんの命令に従いんしょう。




来てくりんせんのなら、わっちから参るまででありんす。




どこへ行こうともわっちはついていきんす。


どこへいようともわっちはお傍におりんす。






いつもの姿を解いて、向かうはあの方の仲間の元。



話をしたらすぐにぬしさんの元へ行きんしょう 。






『どこにも逃がさないと言ったではありんせんか』











「…重いんだよねえ…」

「どうかしましたか?」

「え?あ、いや、何でもないよ」



つぶやきを聞いてほしい存在には届かず。

私はあの子との縁を視ながら、小さくため息をついた。

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