絶賛抵抗中
この世界に、人へ加護を与える神がいるとするならば、贔屓の激しい最低な存在に違いない。
それはこの男に出会った日から持っている私の考えだった。
白いふわふわした髪、宝石のような青い瞳と、完璧な顔パーツの配置。
日本人どころか人間とは思えないほどの美しさを持つ目の前の人物。
しかも、王族に近しい名家――もはや大貴族『
数多の引き合いがあったのに、あえて雪園家の後ろ盾を活用しにくい医術と研究の道を選び、自身の努力で三十代前半の若さで特殊情報管理室のトップに立った。
天性の才能だけでなく努力の才能もあり、天才も秀才も多くの名をほしいままにするこの男。
『顔面国宝』
『特殊情報管理室 室長』
『名家 雪園家』
『縁視研究の第一人者』
そして、非常に残念ながら『私の主治医』
この世の誰よりも苦手な『
「…うん、なるほど」
転がっていった椅子に再度座る羽目になり3分。
目の前にはさっきよりも強い光を放つ符が1枚漂っている。
癪なほどに心地の良い声は、私に向けられたものだった。
表情はわからない。
私が視界に入れないようにしているから。
「話は仮名さんから聞いていたけれど、随分派手に戦ったみたいだね」
「……」
「身体、かなり辛いんじゃないかな?」
「……」
「………」
ふう、と息が聞こえた。
紙の音がしたことが気になって少しだけ前を向くと、一回り大きな紙がふわりと浮いて赤い光を纏った。
2枚の符の光に当てられると、血の気の引いた身体がほのかに暖かくなっていく。
「気休めだけど、少しだけ治療しておこうね」
返事もせず無視し続ける私に構わないことを決めたのか、彼は一方的に話し始めた。
「まず全身だけれど、内出血と筋肉疲労があちこちにあるね。
符の湿布を渡すから、1日1回、お風呂上がりに痣の場所と両腕、両足に必ず貼ってね」
「…」
「ちゃんと君の体質に合わせて作ったよ、貼ればちゃんと効くから安心して」
「…」
「あと、頭痛だけど…『眼精疲労』が原因かな。
『縁視』の力を使いすぎて」
「触らないでいただけますか」
近寄る手の気配に私は言い放った。
数秒して、こちらに伸ばしていただろうそれがゆっくりと離れていく気配を感じる。
彼の表情は依然わからないけど、小さな声で、ごめんね、と言われた。
「縁を視て戦闘を有利に運ぶのは悪いことではないけれど、酷使すれば疲労もたまるし目の不調にも繋がる。
最悪病気になることだってありえるんだ。気をつけてね」
「………」
赤い光に当てられて、だんだんと身体が軽くなっていくような気がする。
彼を視界に入れないように視線を落とし、手を握ったり、広げたりを繰り返して感覚を確かめる。
嫌らしいことに、やっぱり彼の術は凄い。
「あと、喉も炎症しているね。言霊の使い過ぎだよ。
…吉川さん、もう少し言霊を使う頻度を下げられないかな」
使いすぎと言われても、使わなければ術に抵抗ができないというのに、どうすればいいのか。
どうやら私以上に深刻に考えているようで、彼の声は低くなっていった。
「喉に傷ができることは、君にとって大ケガに等しい。
負傷してからでは遅いんだ。わかってほしい」
「あなたに従う必要は…な……か、はっ」
「っ菜子ちゃん!」
声を出したら、喉に何かが張り付いたような感覚に私は思わずむせた。
こほこほと軽い音の咳が止まらない。
急に話すべきではなかった、イガイガが辛い。
「かはっ、かは…っ」
「こっちを見て」
「!」
雪園室長は両手で私の顔を無理矢理上げると、私の喉を凝視した。
数秒見つめたかと思えば、デスクの引き出しを開けて紙と筆のセットを取り出し、机上に置く。
すらすらと何かを書いた紙を2枚、書き終わるか否や私の方を向いた。
「な、にを」
「動かないで」
「…っ」
彼は急ぎつつも丁寧に横にした符を私の喉にぺたりと貼っていった。
左右に1枚ずつ貼ると、より暖かい感触がじんわりと喉に広がっていく。
ふっ、と突然イガイガが消えた。
「…!」
「…落ち着いたね。包帯を巻くからそのままにしていて」
彼の宝石のような青い瞳と目が合った。
だけれどその目線はすぐに外れる。
されるがままの私の首に包帯を巻きながら、彼は言葉を続けた。
「いいかい。前にも言ったけれど、君の身体は常に危険な状態だ。
それは『縁視』の力によるものだけじゃない」
手早く巻き終えた私の喉を包む両手。
それは恐ろしく優しくて、震えていた。
「君の身体は幼い頃、本来人間が持っているはずの『魔力制御』の機能が壊死した。
自分の魔力を自分の身体に留めることができなくなって、
常に膨大な魔力を垂れ流す状態になった君は
無意識に『言霊』からしか魔力を使えないよう、身体を1つの瓶にした。
その瓶の蓋は君の声、つまり喉だ」
「……」
「瓶の蓋が壊れれば、魔力は制御を失い漏れ出して、君は………死んでしまう」
「…触らないでいただけますか」
静かに告げれば、その手はゆっくりと離れていった。
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