勝率の低い舌戦

自分の体質くらい自分が一番わかっている。

だけど、悔しいことに彼はその次に私のことをよくわかっていた。

それもそのはず、私が『魔力制御』を壊死させる前から知り合いだったから。



「ちゃんと、わかってます」

「……」



彼は目を伏せて何か言いたそうに口を動かすけれど、言葉にはならなかった。



「私ももういい歳です。昔のように無知ではありません」

「…時折、そうは見えないときがあるよ」

「あなたの見方の問題です」

「武闘大会」



少し前のイベントのことを突然口にした。

なぜその言葉が出てきたのかいまいちピンとこないけど、私をまっすぐ見てくる彼の表情は不安そうだった。



「咄嗟に出した障壁、忍者の彼の足にヒビを入れたね」

「…ああ、そうですね」

「彼の足、障壁が当たった全面に細かいヒビが入っていた」



うわ、痛々しい。



「あのヒビの入り方は相当固いものにぶつかったときにできるものだ。

 それほどの障壁を瞬時に出すのは、大量の魔力がいる。

 …喉に違和感はなかったかな?」

「………記憶にないです」



あの時は必死だったから全然覚えてないなあ。

頭はぐらぐらだったし、右耳は難聴状態になっていたし。



「あの時は本当に焦ったんだよ。急に大量の魔力を使えば喉の負担も大きい。

 いつまで経っても検査に来てくれなかった」

「あのくらいどうとういうことは…ちょっと、」



顔を上げると、至近距離に美しい顔があった。

キラリと輝くアクアマリンが2つ。

長いまつげはどう見ても男性のものに見えない。


近い!

眩しい!

疲労が溜まった目には辛すぎる眩さだった。


キャスター付きの丸椅子に座ったまま距離を取ろうとしたら、今はびくともしない。

下を見てみると丸椅子の足がしっかりと革靴で引っかけられていた。


…長い脚っていうのは随分便利ですね!ええ!



「ずっと待ってたんだよ?立場上、僕は君を待つしかなかった」

「…そうですか」

「なんとか空いている部下に行かせて無事を確認できたのは、試合が終わって2時間後だった」

「…それはそれは、ご迷惑をおかけシマシテ」

「この2時間がどれだけ長かったと思う?」



…知るか!

私はこの彼の『心配性』がとても苦手だ。

度を越している。


どうしてやろうかと下を向いて考えている不意をつかれ、私の両頬は彼の手に収まってしまった。



「む」

「…次はいつ会える?」

「次は、ないでふ」

「嫌です」



…あなたは私の彼女か!


彼の両手を掴んで引きはがそうと力を込める。

その大きな手はびくともしなかった。



「妥協して1週間後なら我慢しようかな」

「…1年後でお願いしまふ」

「却下」

「…ちなみに妥協ひなかったらいつがいいんでふか」

「毎日かな」

「却下!」



それ、もはや縁視のデータを集めたいだけでしょう!?

そう言うと彼は曖昧な返事をした。


適当に言ったら当たってしまった、余計最悪だ!

これだから研究者は!



「元はと言えば、君が僕から逃げ回らなければ、こうして捕まえられることもなかったんじゃないかな?

 …相変わらずもちもちしたほっぺただね」

「変態!」

「前にオルトさんに会った時も、君は逃げたじゃないか」



げ、あのときか…。

鴨川係長に頼まれてオルトの足止めをしたとき、研究員たちに声をかけてこちらに向かってきたのは、実はこの雪園室長だった。

慌ててカケルくんを引っ張って無理矢理逃げたのはそれが理由だった。



「あの後、オルトさんにちょっと慰められたんだよ。『相変わらず派手なフラれっぷりだな~』って。あのオルトさんに」

「どうひても急ぎの用事があったからでふ」


「僕の新しい縁視の論文も読んでくれた?」

「やっぱりあの雑誌はあなたの差ひ金でひたか…!」



以前、『雷鳴』の悠馬くんがゆうちゃんの精霊に捕まった時、鴨川係長経由で三笠さんからもらった雑誌を思い出した。

あの後執務室に放置されたその論文は、灯ちゃんやカケルくんたちにも読まれたと聞いている。



「賢人くんに頼み込んで正解だった」

「けんと…?」

「うん、鴨川係長。僕の昔なじみだからね」



は!?

鴨川さん、そんなところで繋がってたの!?



「あとショックだったのは、『ガーベラ棟』かな。

 午後に休みを取っていたようだったから、会えるかもと思って急いで行ったのに」

「………」



これも以前『ガーベラ棟』の縁視たちへお見舞いに行った時だった。

鉢合わせないよう慎重に慎重を重ねて行ったのに、彼が来たから棚に隠れてやり過ごしたっけ。

逆に読まれてたのか…バレなくてよかった。



「逃げられてしまった」



……バレてた。

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