水塊の新技

少しして、私の前に準備されたのは空のグラスだった。



「吉川さん、ちょっとだけ、お付き合いください」



眉間にしわを寄せて集中しだした永礼さんの邪魔をしないように、楓さんはこっそり私に耳打ちをした。

い、いったいに何がはじまるのか…。



「…準備はできた、いくぞ!」



永礼さんは、再び大きな声を出して目をカッと見開いた!



…。

……。

………。



その状態のまま、何十秒経ったのか。

私たち…いや、私としてはかなり気まずい時間が流れていく。

周りの景色にも、ついでに視た『縁』にも、何の変わりはない。

楓さんを見てみても、とても真剣な顔で何やらお祈りのポーズをしていた。




しばらくして、私はようやく何をしているのか理解できた。

永礼さんの背にあるキッチンから、ふわりふわりと水塊がこちらへ移動してくる。



よく見る透明な水塊じゃない――――オレンジ色?



初めて純粋な水以外のものを操っているのを見た…。

こんなこともできるんだ。

絵具で色でも付けたのだろうか。


ゆっくりと、それはスローペースで移動してくるその塊。

楓さんを通り過ぎたころに、私はなんとなくその液体が何か検討がついてきた。


明るい橙色で、子供から大人まで飲まれている、すっぱいあの定番の…。



びちゃ、と水塊だったそれは私の目の前で液体に戻り、1滴残らずグラスに収まった。



「や、やったー!!お兄ちゃん、大成功よ!」



歓喜の声を上げる楓さん。

永礼さんはドヤ顔になっている。



「吉川さん、飲んでみてください!」

「え、はい」



すぐに一口飲んでみると、それは予想通り、オレンジジュースだった。



「おいしい…普通のオレンジジュース、ですよね?」

「そうですよ!お兄ちゃ…兄は、水以外も操れるようになったんです!」

「ええ!?」

「ふ…いつまでも自分の力を操れない人間ではない、といったでしょう」

「ほんとにすごいですよ!永礼さん!」



もしこの力が安定するようになれば…。



「トマト栽培にも活用できるのではないですか?」

「そう!まさにその通りなのです!!」



あらら、今日一番の声が出た。



永礼さんは水塊の力を生かして、物体の水分量を細かく知ることができる。

曰く、土の中に入っていても限りなく小さい水塊が無数にあるだけなので、数を計ることができるとのこと。

また、均一になるように水を散布することができるので、水やりの調整が難しいトマトの栽培と相性が良いらしい。



「農薬の散布にこの力を使い、より効率的な対策、また作業者の負担を減らすことができるのです!」



その後トマト栽培について熱く語りだした永礼さん。

うんうんと頷く楓さんの傍ら、私は詳しくないので相槌だけ打った。




自分の能力が活きることを見つけて、永礼さんは人生を楽しく歩んでいるみたいだ。

その後30分ほど滞在して、オレンジジュースを技と共に2回いただいた後、私は永礼さんの家を後にした。




報告書◆

術の精度向上を確認。

水の成分以外が混じった液体も操ることが可能になった。

しかし、かなりの集中と時間が必要なため、まだまだ発展途上である。

実際にトマト栽培でどう生かされるのか、彼の成長も見守っていきたい。

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