1人目 水塊の能力者

都心から電車で20分ほど。

とあるマンションの一室の前に私は立っていた。

汗を拭いたタオルをしまい、一呼吸おいてからチャイムを鳴らす。

「はい」と短い言葉が聞こえた数秒後、扉が開いた。



「吉川さん、いらっしゃいませ。いつもお疲れ様です」

「こんにちは、楓さん」



黒くストレートな髪を腰まで伸ばした綺麗な女性が笑顔で出迎えてくれた。

彼女は今日訪問する特殊能力者の妹、楓さん。

ご本人に符術の力はなく、日々間をぬってはお兄さんの世話を焼きに来ている。



「兄なら中にいますよ。今日もよろしくお願いします」

「はい、いつもありがとうございます」



遠慮なく中に入らせてもらった。

白を基調とした綺麗な内装は彼の趣味と綺麗好きな性格が表れている。

そのまま楓さんに案内され、リビングに入った。



真っ先に見えたのは、ぷよぷよして、ふよふよした丸いもの。



無重力状態になった水の塊と変わらないそれは、リビングにたくさん浮いていた。

水同士でぶつかって反動で飛び散っても、それぞれ丸くなったまま別の塊にくっつく。

私は水塊たちを丁寧に避けながら彼の座るソファへ近づいた。



「こんにちは、永礼ながれさん」



妹とそっくりのまっすぐな髪。

その髪をさらりと揺らしながら彼は振り向いて、水色の瞳をこちらに向けた。




「ああ、こんにちは。吉川さん」



彼は来嶋らいじま 永礼ながれさん。

見ての通り、『水塊の能力者』と呼ばれる水を操る特殊能力を持っている。



「今日も水塊がたくさんですね」

「聞いてください!吉川さん、ついにぶつかっても濡れなくなったんですよ!」

「え、そうなんですか!?」



楓さんが嬉しそうに言って、近くにあった水塊をつついた。

ぷにっと凹んだ水塊は大きくバランスを崩すも、すぐに元の形に戻る。

本当だ、すごい。

すぐにわたしもつついてみたけれど、結果は一緒だった。



「すごいじゃないですか永礼さん!」

「ふふ、僕はいつまでも力を使いこなせない人間ではないってことですよ」



鼻を鳴らす彼はどうだと言わんばかりに腕を広げた。



永礼さんが能力に気づいたのは15歳のとき。

それから自分の能力をうまく扱うための専門学校――――特殊技術専門学校に入ったものの、完全に操れるようにはならず、卒業した後も日々鍛錬中。

いつもは触れると水塊が壊れてびしょぬれになるのだけれど…これは大きな進歩だ。


…まあ、そもそも周りの水塊を消せていないところをみると、引き続き改善の余地あり、という感じだけれど。

彼の機嫌を損ねると面倒なので、黙っておこう。



「最近は何か変わったことはありましたか?」



ソファに腰かけ、改めて定期訪問の本題に入る。

特にないな、と永礼さんはいつも通りそっけなく言う。

が、突然後ろに振り返り声を張り上げた。



「待て!楓!」



飲み物を持ってこちらへ歩いてくる途中だったらしい。

突然大声を出されて固まる楓さん。




「楓…あれをやる」

「な…」



永礼さんは小さい声で言った。

楓さんは言葉を切って、永礼さんと私を交互に見てから不安そうな顔をする。

それとは対照的に、永礼さんはにやりと笑った。



「準備をしろ、あれをやる」

「わ、わかった…」



…いったい何が始まるのか…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る