目の前がらんどう、押し問答
「どうしてこうなった」
「何か言ったかな?」
「いえ何も」
移動すること1時間以上。
木造の家がちらほら交じる住宅街の奥の奥で、私はついに胸のうちに抑え続けていた言葉をぽろりと出してしまった。
ここは町田と呼ばれる地域。
都心の喧騒から程よく離れたこの地域は、人々の生活がより身近に感じて住みやすい場所と言えるだろう。
小さな子供のはしゃぐ声が聞こえるから、近くに幼稚園があるのかもしれない。
吉川家の近隣と似ている雰囲気ではあるものの、私は隣から強烈な違和感に襲われていた。
黒い髪は女性が羨むツヤツヤ。
髪と同じ色の軍服と金色の装飾品は、初対面と変わらずキレイに磨かれて光り輝いている。
首の隙間から見えるシャツも新品のように整っていて眩しい。
目の前の古い家と隣の人物を見比べると、まるで貴族が市井の裏路地に迷い込んだようだった。
いや、ほんとになんでこうなったの……。
どう考えたって、特殊警察局でも特に実力と権力を持つと言われる刑事一課の課長、そして名家 白石家の人間が来るところではない。
――――――――――――――――
『お断りします』
白石課長の同行を申し出た時、良い切れ味でバッサリ言ったのは今関さんだった。
この上司が何もなしに受け入れるはずがないと思っていたので、そこに驚きはない。
驚いたのはその後のやりとりだった。
『理由を聞こうか』
『警察局に所属である方が、特殊治安局の、それも末端の係に協力する理由が納得できないからです』
『今回の案件は警察局の一課2係が捜査に関わることになった。解決に向け、君たちの捜査に関わる必要があると判断している』
『警察局……何の容疑でしょう?』
『それはまだ言えない』
『言えないですって?』
『まだ、言えないというだけだ、捜査に関わる者として後ほど必ず共有しよう』
『……不十分ですが、まあいいでしょう』
仮名さんならまだしも、係長が他局の課長と遠慮ない応酬をするのはかなりの失礼にあたる。
特に上下関係がしっかりとした警察局が相手なら大きな局間トラブルだ。花王院局長のため息が脳裏に浮かんで消える。
この2人だからこそ成せることなんだろう。どんなに関係がこじれても根本は変わらないということだろうか。
『では3係の担当者をこの部屋に来るように伝えてください。吉川に同行していただきます』
『不要だ、私が行こう』
『は?』
『私が行こう』
時がぴたりと止まった気がした。
それはそうだ。いくらなんでも課長の役割はまだ現場で発揮するには早すぎる。
『お断りします』
『既に花王院局長と仮名課長には了承を得ている』
『私が了承しません』
『と、言われてもな』
『了承しないものはしません』
『君の上長の決定には従わないと?』
『ええ』
『……ともかく今回の捜査の協力はさせてもらう』
『それは構いませんが同行は認めません』
『わかった、わかった……』
恐ろしい口喧嘩が行われた結果、その時は白石課長が追い出されるように執務室を去っていった。
――――――――――――――――
と、いう流れからの今である。
隣で綺麗な姿勢で立つ人物はわかったと言った口を流暢に動かしていた。
「吉川さん」
「は、はい」
「ここが目的地で間違いない。今わかっている情報を報告してくれないか」
「はっ」
私はのけ者7係の一般局員だ。しかも疎まれる縁視。
今関さんのように反発などできるわけもなく、直属の部下と同じように動けるなどと期待してくれませんように……と願いながら、私はタブレットを持ち出した。
「容疑者 清水
「内部の最新の調査状況はどうだろうか?」
「昨日時点では『承認』の文字に変化はなく、家具や建物全体を含めおかしな点はありません。ただ、耳田さんによると怪異の臭いは更に強まっているそうです」
「ふむ」
すでに刻まれた眉間のシワが1つ増えた。
少し焼けた肌をしているが、40前後という年齢を考えると若くたくましく見える。仮名課長によると、ずっと独り身で浮いた話もなく、多数のお嬢様方とのお見合い話はあるようだけれど、きっちり断っているらしい。
その丁寧な対応が逆に誠実だと評価されてしまって、話が途切れることはないのだとか。
どこかの白髪ふわふわ美人とは対極のイメージだけれど、置かれている状況は似ているようだ。
……やめよう。
「入ってみないと何もわからないな」
そうですね、と言葉を返した私は改めて目の前の家に視線を向けた。
木造家屋の平屋建て。
左右にはぴっちりと同じ材質の隣家が並んでおり、古くから人々の生活を守ってきたのだとよくわかる。
引き戸の玄関の前にはすっかり枯れて土だけ残った植木鉢が並んでいた。
いつか火災の延焼を助長すると言われて消えていく景色になるのだろう、そんな家だった。
玄関には明るい紫色の縁がふわふわと繋がっている。
近づくと私たちに繋がって、少し暗い色になる。
これは現場を保全するときによく見る縁。
犯人や部外者の立ち入りを禁ずるための、保護符術がかかっているのだろう。
「吉川さん、入ってみよう。保護を解いてくれないか?」
「あっ……ええと……」
符術の力、すなわち魔力の制御ができない私は、喉を蓋として漏出を防いでいる。
そのため、魔力を放出できない。
つまり、符術に干渉できない、発動できない、作れない。
ついでに検知も苦手なので、さっきのように縁の色で判断する始末。
さすがにこの体質を知っているわけないか……と説明しようと口を開いた時だった。
胸ポケットから振動。
「あ、すみません」
「電話か?出ても構わないよ」
「ありがとうございます」
慌てて応答すれば、スマホから聞きなれた声が響いた。
「はい、吉川です」
『今関よ、お疲れ様。そろそろ家に入る頃だと思ったから解除の方法を伝えたいのだけれど、いかがかしら?』
「タイミングばっちりですね、今関さん」
ぐりんと風を切りそうな速さで隣の顔がこちらを向いた。
思わず噴き出しかけてしまい、空いた手で口を押える。
「んんっ……丁度これから入ろうとしたところです」
『あら、よかったわ。あなた1人じゃ符術を解除できないでしょう?傍に符術具を隠していあるから使ってちょうだい』
「あ、今関さん。実は同行者がいて解除できそうなんです」
『え?同行者?一体誰??』
どんな反応をするだろうか……。
びっくりする?それとも無反応?
ちょっとだけわくわくした気持ちを抑えられないまま、私は告げた。
「白石課長です」
『ハァ?』
「ヒッ」
聞いたこともないドスの聞いた声が頭を貫通していった。
想像以上に、怖い。
「すいません」
私は思わず謝っていた。
『……ゴホン。なるほど、白石課長が、そこにいるのね』
数秒後、女上司は素から戻ってきたように言葉を発した。
ほっとする。
仲間も上司も今関さんも穏やかが一番だ。改めて思う。
『今回は何が起こるかわからないわ、私はリアルタイムでサポートするから電話は常時繋いでいてほしいのだけれど……』
「スピーカーにしましょうか?」
『…………………そうね、そうしてくれるかしら』
すごく嫌そうである。
『お疲れさまです。白石課長。7係 係長の今関です』
「道中のサポート役、感謝するよ。しず」
『白石課長?』
「……うむ、わかった……」
おおっと、さすが我が上司、先手を取った。
『あなた方に対しては取るに足らないような案件かと思いますが、わざわざ現地にいらっしゃるとはずいぶんお暇なようですね?』
偉い癖に何で来たのよ、と言っている。
「おかげさまで捜査が順調でね、私が出る幕はなさそうだ」
『さすが警察局のエース 一課のみなさまですね。長が多少自由でも組織として成り立つと。羨ましいですわ』
部下に苦労させてる上司なんですね、可哀相に、と言っている。
「君の係こそ羨ましいと思うよ。部下を信頼し、部下にとても信頼されているのがよくわかる」
白石課長が無言で両手を合わせ、私ににっこりと笑いかけた。
巻き込んでごめんね、と言っているんだろう。
『はああああああ…………』
これは事件どころか痴話喧嘩の類いにも巻き込まれてないか……?
白石課長が片手で解除した古い家からは、見覚えのある黒い煙を纏った縁が
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