足止め作戦と根暗力

「………」


人見知りな埜々子さんは一時停止したように固まってしまった。

あれだけ饒舌だった口が真一文字から全く動かない。

わたしもまともに話せるまで半年かかったっけ。


「オルトは長らく健康診断を受けていないし、『縁視』として貴重な研究データを得られる。

 特殊情報管理室の研究チームがデータをとらせろと煩いんだ…」


1係が追いかけ回しても捕まる気配すらない。

そこで少しでも足止めできる人間として、吉川に白羽の矢が立ったと鴨川さんは経緯を話してくれた。


「オルト…あのちょっと汚い男ね…近寄りたくないけど…菜子ちゃんには無害ね…でも今関ちゃんがいないのに…」


話が堂々巡りになりそう。

私は声をかけた。


「埜々子さん、私は手伝いたいです」

「………菜子ちゃんが行きたいなら………」


いいよ、と更に小さい声で言って、埜々子さんはディスプレイに視線を戻した。

話の終わりの合図。方針は決まった。


「では鴨川さん、私でよければ是非」

「…あ、ああ、よろしく頼む」


独特な話の流れに戸惑いつつ、鴨川さんは頷いた。



―――――――――――――


「オルトさんって、そんなに面倒な人なんですか?」


鴨川さんの指示を受け、私はカケルくんを連れてとある場所に向かっていた。

着たばかりの白い軍服の袖を整えながら、カケルくんは不思議そうに私に聞いてくる。

彼はオルトに会ったことがないそうなので、今回はお供してもらうことにした。


「掴めない人なんだよね…親しい人がいないから素性もよくわからないの」


それにあの性格だし。

というと、カケルくんはますます不思議そうな顔をする。

有名人だし、まあ会っておいて損はないかなあ。


私達が向かったのは、特殊情報管理室のエリアだった。


どうやらこの辺りで目撃情報があるらしい。

鴨川さん曰く、うろちょろしていれば向こうからやってくるのでは、とのことだった。

白衣の研究員が何人か、鴨川さんと一緒にこちらを隠れてうかがっているのに気づいた。


話し込んでいる間にとある機械を照射して、身体の情報を盗み取ろうというのが今回の作戦だった。

一定時間照射することができれば、簡易的な健康診断が行えるらしい。

あくまで簡易的なので取れる情報は少ないけど、オルトのデータであればなんでも喉から手が出るほどほしいというのが研究員たちの想いだった。


「…うーん、いないね」

「そうですね…今日は違うところにいるんでしょうか」


1階でカケルくんと世間話をしながらうろついたが姿を表さない。

このまま立っていても疲れるだけなので、私達は2階を目指して歩き出した。


――――――――――


2階は研究室だけでなく、誰でも使えるオープンスペースがある。

一面のガラスに沿って机や椅子が置かれ、仕事をしたりカフェやランチを楽しむことができる憩いの場。

ここが特殊情報管理室でなければ入り浸りたいくらい綺麗で過ごしやすい場所だ。


「カケルくん、コーヒーでも飲もっか。奢るよ」

「え、いいんですか…!?」


きらきらした瞳でこちらをみるカケルくん。

なかなか後輩力のある後輩だなあと私は甘えられるまま、カフェオレを2つ買って渡した。

ありがとうございます!と受け取ったカケルくんは嬉しそうに笑った。


私達は眺めのいい4人席に座って、一息つくことにする。


そうやってのんびりしていた矢先に、彼は現れた。


「おおお!誰かと思えば菜子ちゃんじゃないか!!」

「「!」」


カケルくんの肩がびくっと跳ねた。


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