怒りの少女の治療法

「なんなのよ!!もう!!

 さっきから楽しそうにして!!

 いいにおいもするし!!」



ふくよかな体にぼさぼさの髪。

柔らかそうな頬っぺたをぷっくり膨らませた少女は、間違いなく呱々菜様だった。


全員が一言も発せずにいるなか、彼女はずかずかと宴会場に立ち入り、ちょうど空いていた父親の信人様の隣にどかっと座る。

すかさず使用人がスプーンや箸、取り皿を前に差し込むと、少女は何も言わず目の前の肉じゃがに手を付けた。


がつがつがつ。

という表現がとてもよく似合うほど、猛スピードで料理が胃に回収されていく。



「こ、呱々菜嬢ちゃんじゃねえか!」

「ついに出てきたな!ほら、これも食べろォ!」



先に意識が戻ってきた男たちが寄ってたかって呱々菜様の前に料理を置いていく。

まるで出来立てのように温まったそれらは、彼女の食欲を存分に刺激したみたいだ。

彼女は無言でひたすら食べ続けた。



「本当に出てきたな…」

「ええ…まさかこんな簡単に…」



呱々菜様のご両親は私の傍でこそこそと話している。

男たち側の席に戻ったカケルくんは、私を見てぱっちりとウィンクをした。

可愛いなあと思いながら笑い返す。


カケルくんの妙技で冷えていたすべての料理があたたまり、宴会は再開された。



―――――――――――



「だって…怖かったんだもん」



宴会が終わり、一通り片付けが済んだ後。

呱々菜様は両親に向かって絞り出すように話し始めた。


今までで最も良いカガミができそうだった。

完成も間近だったことに浮かれて、庭先で作業を行っていたのが悪かった。

お手洗いから戻ってきた呱々菜様が見たのは、割れたカガミとクラスメイトの茶化す声。

止まらない怒りと、悲しみ。

閉じこもった後に感じたのは、自分の無力さだった。



「うまくできたのに私のせいで割れちゃったの。

 初めてお父様に作っていいって言われたのに。

 もう二度と作らせてくれなかったら…どうしよう…!

 嫌われちゃう、そんなのいやだ…!」



ぽたりぽたり。

部屋のふすまの向こうから聞こえていたその声が直に私たちに届く。

ずっと黙って話を聞いていた信人様が、ゆっくりとした動作で呱々菜様の小さな肩に手を置いた。



「失敗は、誰にでもある。

 一度くらいの失敗で、俺はお前を嫌うことはない」

「やだ!やなの!!」



高い声が耳をつんざく。



「お祭りは私のカガミをほーのーするの!ほーのーしなきゃ、私は『ありすかけ』の子供じゃないの!!」

「違うわ」



今度は奥様の手が呱々菜様の涙をやさしくぬぐった。



「お父さんだってお兄ちゃんだって、たくさん失敗しているわ。

 失敗しない人なんていないのよ。

 あなたは『職人』の前に『家族』なのよ。

 何があったって、私たちはあなたを嫌ったりしないわ」

「…ほんとうに?ほんとうに呱々菜のこと、嫌いじゃないの?」



もちろん、大好きよ。

その声を聞いて、呱々菜様は想いを溢れさせるように声をあげて泣いた。


その身体をそっと優しく抱きしめる親子の姿。



私も、隣のカケルくんも眩しい思いでそれを見ていた。

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