第14話 華やかなパーティにオブリージュを添えて

家を持つことの意味

「ノブレスオブリージュ」



人々が寒さに震えながらも明るい街の雰囲気に高揚する頃。

すっかり回復したとはいえ出勤時間を調整しろと言われている私は、いつも通りみんなより少し遅い時間に執務室の扉を開けた。


首を守っていたコートやマフラーを片付けながら挨拶した私の声は、誰の耳にも届くことなく、部屋に響く音に遮られる。

顔をあげて周りを見渡すと、執務室の壁に張りついて仕事をしなかったテレビの電源が珍しくついていて、

その大きな画面に7係のみんなは釘付けになっていた。



「…『吉和よしわ家』が家名を返上?」



速報、と赤い文字ででかでかと書かれた画面の一角を私は読み上げた。

早口で原稿をを読み上げるアナウンサーが映っている。



『先程神王しんのう庁にて吉和よしわ家 当主 吉和源三げんぞう氏が影王けいおう 悠江ゆえ殿下と謁見し、正式な家名の返上が行われたとのことです』

『先日の脱税疑惑が決め手となったんでしょう。他にも吉和源三氏は様々な疑惑がありますから、家名を返上したときしても批判は避けられないでしょう』



吉和家。

どこかで聞いたことあるような、ないような。

あまりピンと来てないまま自分の席に座った私に、向かいにいた今関さんは先程の言葉をつぶやいた。



ノブレスオブリージュ。



外国の言葉で、『高い地位を持つものは相応の果たすべき責任と義務が存在する』という考え方だ。

例えば騎士の家に生まれた人間は、戦争の際、「騎士は民を守る責任がある」と言って多くの者が自らの意思で前線に立って戦ったという。



符術と特殊能力がはびこるこの日本の裏側の世界は、この考え方が強く根付いている。

『爵位』でなく、『家』というくくりの違いはあるけれど、それぞれに役割と責任が存在するという。



例えば神具を作る有栖科ありすか家。

技術を継ぎ文化の発展に貢献する役割を持つ。


例えばカケルくんの出身、十三里とみさと家。

忍者を育て、王家と国の民を陰ながら守る役割を持つ。



とりあえず吉和家はいろいろと良くないことをやらかして、王家より賜った『家名』を返上するに至ったんだろう。



「あの吉和家がねーぇ」



灯ちゃんが椅子の上であぐらをかきながら言った。

あの、というのだから相当有名な家なんだろうか。

メールチェックをする傍ら、耳を彼らに向ける。



「びっくりですね。200年以上の歴史がある家なのに…」

「一時期は上流階級直前まで勢いあったんだろ?

 ちょっと不祥事のしっぽを掴まれたら200年の歴史もあっちゅーま、ってことだろーなあ」



『家』という社会的地位は便利だ。

まず裕福だし、一般社会への外出も自由。

就職だって家柄で優遇されることは当たり前だし、この前のどこかの係長みたいに派手にやらかしたって大した処罰は受けない。

その分『役割』と『責任』に押しつぶされて、この画面の向こうの事態になることもあるのだけれど。



悠江ゆえ殿下より本件に関するお言葉の発表はなく、今後予定もないとのことです』



画面に映し出される上品なおばあちゃんの顔を見た。


皺の深い顔はにこりともしていなかったが、いつも穏やかに微笑みながら公務をする姿が印象的な女性。

白い髪は綺麗に整えられ、後ろにひとまとめにされている。

身にまとうのは基本的に着物で、今回も薄い黄色に白や黄色の細かい刺繍がされているように見える、明らかにお高い代物だった。



埜々子ややこさん以外に『家』を持たない私たち7係には、縁遠い世界だ。

まるで自分の生きるココとは違う、別世界の話みたいに。




プルル、プルル



執務室の内線が鳴った。

いつも通り2コール以内で受話器を取ってくれるのは埜々子さん。

…はい、ええ、7係です…。といつも通りの静かな声は、テレビと会話の声によって私の耳には届かなかった。



「…さーて、そろそろ仕事すっかな」

「そうですね。今日は有栖科家に行く日ですよ、灯さん」

「あ、呱々菜ここなちゃんの新作お披露目会だっけ?」



最近私はお留守番が多い。

今回も私の代わりに灯ちゃんがカケルくんに付いていってもらうことになった。

2人は軽い言い合いをしながらテレビを消して、自席に離れていく。



「…菜子ちゃん」



不意に今関さんに名前を呼ばれた。

向かいに視線を戻すとそこには空いた机。


あれ、今関さんはどこに?

周りを見渡すと、その人物は埜々子さんの隣で神妙な顔をしてこちらを見ていた。


立ち上がって近づけば、今関さんは一瞬私から視線を逸らして気まずそうな顔をする。




その直後、聞こえた言葉に、私は耳を疑った。




「…今関係長、今なんて言いました?」



えっと、ね。

今関さんは珍しく気まずそうにあちこち視線を動かした後、ぎこちない笑顔で繰り返した。




「今週金曜日に開催される『悠江ゆえ様の生誕祭バースデーパーティー』に、花王院かおういん局長の付き人として私と菜子ちゃんが指名されたの」

「…はい?」




もう役目を果たして黒くなった画面に振り返る。

その画面の向こうの世界で生きる人々が、突然飛び出して私に殴りかかってきたような。


そんな感覚がした。

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