敗者の戯言

「おかえり!菜子……っち……ふふ…ふふ……ぶふっ」

「…何でしょう、灯さん」



7係の執務室に帰ると、耐えきれないとばかりに笑う灯ちゃんに出迎えられた。

夕方の日差しを浴びて、いつものメンバーが揃っている。

表情のわからない埜々子ややこさん、笑っている灯ちゃんと今関さんの間で心配そうな顔をするのはカケルくん。


そうだよカケルくん、その表情が正しい。



「まんまと嵌められたって顔しているわね、菜子ちゃん…っ」

「今関さん!?知ってて私を向かわせたんですか!?」

「まさか!柿山さんしかいないと思ってたわ!」



本当かなこの上司…。

胡乱うろんな目で見つめていると、カケルくんが近寄ってきて私をまじまじと見た。

視線は喉に向いている。



「喉、良くないんですか?」

「ああ、これは…念のため貼っておいてって言われただけだよ。大丈夫」

「ならいいんですけど…」



それでも不安そうな彼に、私は背伸びをして、頭をくしゃくしゃと混ぜた。

うわっと声が聞こえて開放すれば、崩れきった髪で彼が笑う。



「こんなことで私はへこたれないし、負けないよ」



そう、こんなことでね。



「で、雪園室長は何て?」

「縁視の使い過ぎと、言霊の使い過ぎだそうです」

「そんで?もらってきたのがその紙袋ってワケ?」

「痣と喉用の符と、頭痛薬だそうです」



ぽん、と近くの机に雑に置けば、灯ちゃんと埜々子さんが興味深そうに紙袋に近づく。

開けていい?と聞かれたので返事をしていたら、今関さんのくすくす笑う声が聞こえて振り返った。



「相変わらずの量ね」

「…大げさすぎますよね、4日分なんて言ってましたけど、どう考えても一週間ぶ」


「えええええええええええ!?!?」



私の言葉は灯ちゃんの大声で私の言葉はかき消されてしまった。



「ちょ…へ?は?ななななななん…」

「……わ…これ……」



今関さんから灯ちゃんの方を見ると、青い符を見て震えている姿があった。

埜々子さんは口をあんぐり開けて赤い符を眺めている。

あんまりピンと来ていないのか、カケルくんがびっくりした顔のまま2人の顔を交互に見ていた。



「この…符…」

「その符がどうかしました?」

「…ヤベェよ!!マジパネェやつ!!」



声をかけると恐ろしい形相の灯ちゃんが迫ってきた。

なんだかはあはあと息が荒い。

その符がどうしたんだろう…残念ながら、私は使えないのもあって符術に詳しくない。



「ヤベェんだって!」

「えっと…そうなの?」

「マジでわかんねぇの!?ヤバいの!!」

「や、やばいの…?」

「痣とか痛みとか癒すよーな代物じゃねぇよ…」



え?違うの?

私はあの室長に何を持たされたの?

まさか怪しいものじゃないでしょうね…。


思わず眉間に皺を寄せて考えてたら、埜々子さんがぼそぼそと口を開いた。



「…効能は、確かにあってる。ちゃんと治療できる…」

「そうなんですか?」

「…うん、でも…」



埜々子さんの間は独特だ。

その続きが知りたいんだけどな…っ!

じっと見つめると、埜々子さんがおどおどしながらも教えてくれた。



「…書いてある術式が複雑、1枚にこんなに書き込まれてるのを見るのは初めて…」



曰く、紙に術式を書くことで符となり、魔力を込めることで術が発動する。

紙は材質や大きさで書き込める量が決まっており、書き込み過ぎれば紙が容量オーバーで術式が破綻し、うまく発動しないそうだ。



「いいか、カケル、よく聞けよ!!」

「えっ」



隣で灯ちゃんが熱心にカケルくんへ講義を始めた。



「これはな、1つの円で1つの術式になってんだ。第一層は浸透、第二層は血行の促進、第三層は細胞修復、第四層は…」

「ちょ、ちょっとまってください!この大きさの紙だったら第二層で限界じゃ」

「ところがさ!この符、第五層まであんぞ!」

「え、ええ…」



ここの層とこっちの層を絶妙に合わせて微量の魔力で発動できるようにしてあってだな…と、講義は続く。

埜々子さんに視線を戻すと、赤い符をじっと見つめていた。



「…ここまで書き込んだ符をこの枚数…雪園室長だってそれなりに時間がかかるよ…」

「…………」



え、ええ…



「ふふ、ちゃんと使ってあげないとね、菜子ちゃん♪」



ぽん、と今関さんが私の肩を叩く。

私は何とも言えない気持ちのやり場を、すー、はー、と、呼吸に混ぜて発散しようと試みる。

うん、うまくいかない。

そうだ、いっそのこと



「…………燃やそう」

「やめろっ!!!」

「…駄目かあ…」



灯ちゃんに止められたので諦めることにしたけれど、

私の中にはもやもやが残ってしまった。



「仕方ない…使わなかったらそれはそれで室長にバレちゃうしね…」

「…符を使わないと…バレる…?」



埜々子さんがぶつぶつ言っているがいつものことなので、気にせず私は紙袋を持ち上げた。

はあ、めんどくさいけど、タダでもらえたし、すぐにこの体調不良から脱却できるならそれでいいか。



「…どうして室長はわかるのかしら…、…もしかして、この符…第六層…」




次に柿山さんのところに行くときは、室長のスケジュールをよく確認してからにしよう。

同じ過ちを繰り返すものかと、誓った昼下がりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る