パーティ前の余興
時計を見てみれば、1時間後の開始を告げてくる。
身を包んでいるのは全く着慣れていないドレス。
乗せられているのは黒塗り、革張り、運転手付きというベタベタな高級車。
そして隣でウキウキしている偉すぎる上司。
落ち着けという方が無理だった。
あれから執務室に戻った私と今関さんは、袖を通すことなんて1ミリも考えたことがなかったパーティ衣装の準備に追われたり、参加者名簿をななめ読みしたり、
短いながらもできる限りの準備をしていた。
今は局長を私と今関さんがはさむ席順で、車に乗せられて会場を目指している。
車内では花王院局長のそれはそれは楽しそうな声だけが響いていた。
「ふふ、ふふふ…」
これ、聞いた方がいいやつかな?
ちらっと今関さんを見ると、お相手よろしく!と言わんばかりに笑顔が返ってきた。
「…楽しみですね、局長」
「おお!吉川もそう思うか?ふふふ!いつもパーティはつまらんし疲れるんだがな、今回は楽しみで仕方がないのだ!」
「
国の代表のパーティだし、お料理や飲み物も豪華だろうな、なんて庶民的な考えが浮かぶ。
局長はどうやらその考えとは違うようで、口をゆがめて笑った。
「花王院家の当主として参加せずに済む、というのもあるが…やはり付き人がいつもと違うのが良い!」
「そういえば、今回は全員女性ですね」
「そうだ!鴨川は顔はいいが飽きる。話がつまらんのだ、あの仏頂面のどこがモテるのか理解に苦しむぞ、あの仏頂面が」
散々な言い様である。
顔がいい人を付き人にできるんだからいいじゃないか、とは思うけれど。
…鴨川さんが仏頂面なのは認める。
「同性の方が何かと話が弾むだろう!今関はこの通り全然話そうとしてくれんのでな。わたしは既に吉川を付き人にして良かったと思っているぞ」
「ありがとうございます」
今関さんは窓の外を見て何も反応しなかった。
あんまり見たことがない今関さんのこの態度、どうやら局長と仲良くないみたいだ。
というより今関さんが一方的にそっけないような気がする。
何かあったのだろうか。
「3年前に食事に誘った時、白石家の坊を同席させようとしたんだが…それ以来距離を置かれている」
「!?」
白石家の坊ちゃんて、前に会った特殊警察局の課長か。
…それは局長が悪い。
私は今関さんに自分の過去を知っていることを伝えていないので、私はなんとか、そうなんですね…と曖昧に返すことしかできなかった。
ニヤリ、と局長は悪い顔をした。
―――――――――――――――――――――
5分後、会場である有名な高級ホテルに到着した私たちは、係員に連れられるまま歩みを進めていた。
私の足はちゃんと動いているものの、興味は建物内のあちこちに向いていた。
ホテルの内部は、自分の日常とは程遠い世界が広がっていた。
フロントにはキラキラと眩しく光る巨大なシャンデリア。
廊下は真紅のふかふかな絨毯が広がっていて、ドレスの色と合わせた高めのヒールの靴では歩きにくい。
装飾品はどれも汚れなど無縁のような美しさで、背筋を伸ばして行き交うホテルマンも気品が漂っていた。
「うわあ…」
「やっぱりすごいわねえ」
朱色の着物に特殊治安局の軍服と同じ柄の羽織をまとった局長の後ろで、私と今関さんはこそこそと話をする。
「このホテルに来るのは3回目だけれど、いつも豪華で気後れするわ」
今関さんは困った表情で私を見た。
それは他の係から無理難題な任務を渡されたときにする顔だけれど、服装はいつもとは全然違っていた。
局員は、軍服とパーティ衣装が指定されている。
女性は白でスリットの入ったタイトなドレスに、右肩から短い布が腕を覆うデザインになっている。
その短い布は所属する局ごとに別れ、白石課長のいる特殊警察局は紺、特殊治安局は白。
ようするに軍服と同じ色に揃えられる。
その布の先には金色で線が刺繍されており、私のような一般局員は0本、係長の今関さんは1本。
そして目の前の花王院局長の羽織には、5本入っていた。
凹凸はっきりした体形の今関さんがまとえば、いつもより色気が段違い。
思わず窓の鏡越しに自分の姿を見てしまった。
…うん、背は高くないし凹凸はっきりしていないので、着ていて恥ずかしくなってきた。
早く脱ぎたい。
「まずは佑様に会ってもらうぞ」
「「はっ」」
「そう緊張せずとも良い。大した任務ではないさ、彼は気さくなお方よ。
楽しんでいこうではないか」
ふふ、と花王院局長は笑った。
「その後は
…ん?影王殿下?!
「…局長、悠江様、ですか?」
「うむ。簡単なお祝いの挨拶だからすぐに終わるがな。
基本的に王族、政府機関の代表、上流階級から以下 家の当主、の順で謁見が行われるのだ」
なるほど。
今回の花王院局長は特殊治安局の局長として参加している。
だから開始早々に順番がくる、ということか。
…まあ、花王院家自体が上流階級だし、大した差ではないんだろうけれど。
とはいえ、こんなタイミングで殿下にお会いすることになるなんて。
正直、憂鬱だ。
本音では会わないまま
前を歩く花王院局長が、ふいに5本線の羽織を揺らして振り返った。
「今関、いつもの調子はどうした、緊張してるのか?」
「…していないと言えば、嘘になります」
さすがの今関さんも緊張するよね。
その反応が新鮮だったのか、ぶふ、と局長が笑った。
「お前は吉川を見習え、緊張したところで無意味だぞ。
謁見が終わりパーティが始まったら美味しいものでも食べようじゃないか」
「…そうかもしれませんが」
「自信を持て、胸を張れ、今関、吉川。
お前たちは私の自慢の部下なのだからな!」
係員はある扉の前で止まり、私たちに深く一礼をして去っていく。
ホテルマンが待ち構えていたかのように、金の装飾が散りばめられた扉を大きく開け放った。
花王院局長がいらっしゃいました、そんな言葉が響いて動く影が1つ。
私は上司2人に倣って頭を下げた。
「花王院局長、今回の護衛、感謝します」
男性の声が耳に届いた。
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