影王殿下の孫

「ご無沙汰しております、ゆう様」



恭しく垂れていた頭を上げて、花王院局長は目の前の男性に声をかけた。

口元のほくろが印象的なその男性は、汚れ1つない高級そうな白い椅子から立ち上がる。

ふっと口角をあげると顔をまっすぐこちらに向けて―――――目が合った。


私と同じ黒い髪に黒い瞳。

すらりと高い背は燕尾服で身を包んでいて、その立ち姿は美しく、良い教育を受けた高位の人間そのものだった。


雰囲気でわかる、この方が佑様だ。


切れ長の目線はまっすぐ私を見たまま表情を変えない。

思わず戸惑っていると、花王院局長の幼子のような笑い声が聞こえた。



「今回の護衛をご紹介いたしましょう。

 支援一課の7係 係長の今関と、部下の吉川です」


「7係 係長の今関 雫と申します。よろしくお願いいたします」

「同じく7係の吉川 菜子と申します。本日はよろしくお願いいたします」



もう一度頭を下げると、よろしくお願いします、と声が聞こえてきたので元の姿勢に戻す。

顔を上げるとまた佑様と目が合った。



「影王継承権 5位のゆうです。

 今回は急な担当変更があったと聞いています、準備に大変だったでしょう」

「いえ、問題ございません」



今関さんは落ち着いた声ですらすらと言葉を並べた。



「最近のパーティでは王族の皆様を狙った怪しい動きがあると伺っております。私と吉川で身の安全をお守りいたしますので、本日は安心してお楽しみください」



私は一番下の立場、勝手に話すのははばかられる。

黙っていると、今関さんに移動していた佑様の目線はまた私に戻ってしまった。

気まずい。

視線を伏せて逸らすと佑様の声が耳に届いた。



「今回は『縁視』の方が護衛に参加されるそうですね」



それは明らかに私に向けられたものだった。

声をかけられてしまったなら答えるしかない。

私は胸の鼓動と緊張汗を感じながら、努めて冷静に口を開いた。



「左様でございます」

「縁を視る力を護衛に役立てるという話は初めて聞きます。どのように活用されるのですか?」

「縁の色で御身の危険を判断いたします」

「『色』、といいますと?」



…なんだか随分とグイグイくるな。

一局員という低い立場の人間が相手だからか、特に『家』を持つ人間は縁視の話を振ってくることが多い。王族も同じなんだろうか。

とはいえ、目の前の特殊治安局という一大組織の長を放って持ち出す話題ではないはずだけれど…。



「縁の色は傾向がございます。濃い色であるほど強いつながりを示し、暗いほど危険が迫っているサインになります」

「それで色ですか。なるほど、興味深いですね」



興味深々という割には淡々とした感想だった。

まあ、会話が途切れたし、さっさと私は興味から外してほしいと願いを込めて再度視線を逸らす。


その思いを感じ取ったのか、局長は会話に入り込んでくれた。



「…佑様、我々はそろそろ影王殿下へ謁見に参ります」

「確か上級の家まではパーティ開始前の謁見でしたね。わかりました。

 それではまた後で」



佑様に向かってもう一礼。

くるりと踵を返して歩いていく局長を追って、私は今関さんとタイミングを合わせて後ろを向く。



「あ、そうだ、吉川さん」



一歩踏み出したその瞬間。

さきほどまでの落ち着いたものとは少し違う、軽い声が耳に届いた。



「…はい?」



振り返って声の主である佑様を見る。

最初よりも深い笑顔を浮かべて、彼はこちらをじっと見る。


何故だか少しだけ、王族という表向きの仮面を外したように見えた。



「また『縁視』のことを教えてくださいね。

 我々王族は縁視と『深い縁』があることを、あなたもご存じでしょう?」

「………はい、ぜひお願いいたします」



その答える声に抑揚がなかったのは、誰よりも私が一番感じていた。

だけれど、それを指摘する者はこの空間にはいない。


私はもう一度佑様に頭を下げて、足早に部屋を後にした。





―――――――――――――





「相変わらずだったな~あの鉄仮面王子め!」

「…局長、そのような大声で話してはいけません」



部屋を出て1~2分。

小さなロビーのような空間に出るなり、花王院局長はやっと解放されたと言わんばかりに喋り始めた。

今関さんの小言を無視して、小さな口は元気に動く。



「吉川が珍しいからってすぐに食いつくとはな!やはり興味に勝てんところはチビの頃から変わらんな」

「局長は佑様が小さい頃からお知り合いなのですか?」

「うむ。産まれた時から知っている」



今関さんの質問に局長はふふん、と鼻を鳴らして答えた。

この方はこう見えてそれなりの高齢。

むしろ上流の家や王族出身の人間はほとんど、産まれた時から知っているんじゃないだろうか。



「だがあやつは悠江殿下に似ておるな。鉄仮面といい、興味があることにはまっすぐなところといい

 お前もそう思うだろ?吉川」

「………」



私が何も言えないのを知った上で、局長は悪い顔をして言った。

今関さんは不思議そうに私の名前を呼んできたけれど、はいともいいえとも言えず、私は肩をすくませた。



我々王族は縁視と『深い縁』があることを、あなたもご存じでしょう?』



佑様の言葉を思い出す。

そう、『縁視』には王族とちょっとした縁がある。

誰もが知る有名な話。

だけど…。



「…まあ、王族から『縁視』の話題が簡単に出るようになったのだ。良い時代になったと思おうではないか」



私は賛同も否定もしなかった。

黙る私を助けようとしたのか、今関さんが口を開いた瞬間。

別の声によって会話を遮られた。



「特殊治安局 局長 花王院様。

 影王陛下との謁見のお時間でございます」

「うむ。わかった」

「こちらへお願いいたします」



黒いスーツの胸元に光る金のピンバッジ。

それは影王に直接仕える者だけが着けることを許された特別なものだという。

案内を受けながら、ギリギリまで局長はいろんな話をし続ける。



それはおそらく、部下の緊張を最大限ほぐすための優しさだと、私は視ていた。





到着したのは白く、大きな扉の前。

左右の扉のどちらにも金で作られた巨大な花の家紋が取り付けられており、壁や廊下とはまったく違う雰囲気を作り出していた。


この花の家紋は王の証。

一国を支える王の影として、特別な力を持つ者たちをまとめる国の最大の権力者。

扉の向こうに、その役割を背負う今代の影王がいる。




案内をしてくれた侍従は一礼して下がっていく。

一呼吸しようにも、私の肺は震えてそれを許さなかった。

手足が冷えていく。恐ろしいほどの緊張。




待ち構えていた白い軍服の男が2人、ゆっくりとその両扉を開いていった。




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