邂逅と確執

そこは赤い絨毯が敷かれただけのシンプルな空間だった。

無機質な白い壁はひっそりとたたずみ、シャンデリアの光も柔らかな和紙に包まれたものに変わっている。


赤い絨毯は部屋の入り口からまっすぐ奥へ伸びていて、その先には目当ての人物がシンプルな椅子に腰を掛けていた。



「今日はご参加いただきありがとう」



穏やかな優しい声が耳に届いた。

局長に倣い頭を上げれば、皺をくしゃりとさせこちらを見るご婦人、悠江ゆえ殿下がいらっしゃった。


白いシンプルなドレス。

その両肩から赤いマントが流れ、煌びやかな勲章ピンバッジがいくつも留められている。


若い頃は軍部に所属し、前線で敵対組織と戦い鎮圧してきたとんでもない経歴をお持ちらしい。

そして、符術においては抜きん出た才能をお持ちであることは有名な話だ。



「本日はお招きいただき誠にありがとうございます。謹んでお誕生日のお祝いを申し上げます」

「今年もわたくしの誕生日を祝っていただけるなんて、嬉しいわ、はる

「毎年こうして直接殿下にお祝いを申し上げることができ、この上なく喜ばしい限りでございます」



はるとは花王院局長の下の名前だ。

歳が近いのもあり、確か局長と悠江殿下は幼馴染に近い関係とテレビで聞いたことがある。

向こうの世界がいま目の前にいる。

なんだか不思議な感覚だ。


ぼーっとやりとりを眺めていると、優しい声が別の人物に向けられた。



「あなたは支援一課 7係 係長の今関さんですね」

「はい。お初にお目にかかります。今関 雫と申します」

「あなたのお話は榛から聞いたことがありますよ」



殿下は心穏やかに今関さんを見つめている。

にこにこ、という言葉通りの心身が洗われるような微笑みだ。



「個性的な7係のみなさんをまとめ、導くその力はとても評価されているそうですね。

 どのような少年少女にも未来を閉ざされる理由はありません。今後の活躍も期待しております」

「ありがとうございます」



簡単にやりとりを済ませ、やがて悠江殿下の目は私に注がれた。

その笑顔は私の心臓を騒がしくさせる。


一瞬の沈黙ののち、紡がれる言葉を私はどぎまぎしながら待ち受けた。



「吉川 菜子さん、ですね」

「はい」



短く答えた声を最後に、不気味に流れていく沈黙。

私はもう一度、悠江殿下の白い顔をじっと見た。



王族には、『縁視』と深い関係がある。

それは主にこの方のことを指している。




「『縁視』の養護施設に入らず、特殊治安局で力を存分に発揮していると以前より伺っていました。素晴らしいご活躍ですね」

「殿下のお耳に入っているとは思いませんでした。ありがとうございます」





「ご存じかしら」



悠江様は笑みを深めた。



「私の娘の1人にも、『縁視』がいたのよ。

 『由紀』という名前でね。30年近く前に神隠しに遭ってしまったの」



びしり、とでも音がしたようだった。

この言葉を聞いた人間たちによって、空間が恐ろしいほどまでに凍り付く。



由紀様を知っているか?

何て質問をしてくるんだろう。

この世界に知らない人なんて、いないのに。




「…はい、存じ上げております」



私の返した声は震えていた。




由紀様。


この世界で『縁視』が憐れまれ、蔑まされ、保護活動が行われるようになったきっかけとなった人物。



『由紀様御隠おかくれ事件』



産まれたときから『縁視』の力を持っていた彼女は、母の悠江様や兄弟たちの支えと愛情により、とても美しい女性に育ち、その美貌で国民から人気を博した。

だが、18歳の若さで庭先の目撃を最後に行方不明。

神隠しに遭ったとされ、この世を去った。



とても愛されていただけに、王家の方々はかなりの衝撃を受けた。

多くが由紀様を奪った『縁視』を憎み、取り戻すための研究を始め、怒りを持て余した。


悠江様に至ってはあまりのショックに塞ぎ込むようになってしまった。

そしてようやく復帰した2年後、影王は人々の姿に心を痛めることになる。



王族の神隠しは国民にも衝撃を与えていた。

愛された麗しの姫君の訃報。

それは社会問題となって表れていた。



『縁視』の子供たちが次々と児童養護施設に入所。

王族と同じように縁視を憎んだ『家』の人間たちにより、捨てられるようになったのだ。

他にも親が縁視の子の将来を嘆いて、無理心中。

大人も職を失ったり、まともな職に就けなくなった。




悠江様が保護活動に力を入れたおかげで、だいぶ良くはなったけど。

今も時折心を病まれ、縁視に対する差別や事件についてはかなり敏感に反応されると噂で聞く。




「由紀は、それはそれは綺麗で愛らしい子だったのよ」

「左様でございましたか…」

「わたくしにいろんな色を教えてくれたわ、それこそわたくしの世界に色がついたようだった」

「……」

「あなたに会わせてあげたかった。あなたの縁視に対する前向きな姿を、あの子にも…そうすればきっと…」

「……」

「あら、少しお話しすぎてしまったわね。吉川さん、今後じっくりとお時間を頂戴な。

 あなたの視える世界の話、教えてくださる?」

「私のような者でよろしければ、是非お願いいたします」

「ふふ、ありがとう。今夜は楽しんでくださいね」



きしむ音を立てて、背後の扉が開いていく。

それは謁見の終了の合図。

次が待っていることもあり、私たちは礼もそこそこに足早に立ち去ることになった。





「はあああ」

「今関、随分老けたため息ではないか。歳か?」

「私はもうアラフォーですので」

「なんだと、お前、もうそんな年増になったのか」



時の流れは速いなあ、はっはっは。

扉が閉まった途端、局長と今関さんによる軽快な会話が始まった。



「おかげさまで局長にひ孫ができる歳になりました」

「ならばさっさと白石に苗字を変えねばな」

「……局長?」

「おお、怖い怖い、今のは失言だったなーすまなかったぞー」



私はどうにも切り替えられず、黙って聞いている。



「にしても、謁見が思った以上に早く終わって助かったな」

「時間が押しているのでしょうか」

「おそらくな、今回は特に参加人数が多いからだろう。

 さて」



局長はおそらく、私の心情を手に取るようにわかっている。

こちらをちらりと見ただけで何も言わず、腰に手を当てて大きい声を上げた。



「佑様がいらっしゃる会場、第5会場へ向かうぞ!

 これから任務開始となる。心してかかれ」

「「はっ」」



振り向いて来た道を振り返る。

特に何かあるわけでもない空間を睨んでも、私はもやもやとした感情のまま。

過去のおぼろげな記憶が脳裏に蘇った。




『どうして、どうしてこんなことに…!?』

『落ち着け』



それは遠い昔のこと。

指ひとつ動かせない私の枕元で、確かにその声がした。



『これは決定事項だ』

『決定事項って…あなた、そんな簡単にこの子を見捨てられるの!?』

『…雪園家であっても覆すことはできない。菜子は吉川家が引き取ってくれるそうだ』

『私は嫌です。今、この子は何よりも家族の支えが、愛情が必要なのです。

 雪園家で育てるのです!』

『それはもうできない』

『…誰の圧力ですか、誰の差し金ですか、あなた!』



『悠江殿下がおっしゃったのだ。縁視の養子縁組は絶対に認めないと』

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