超えたピンチと再来人

カケルくんを連れて7係の執務室に戻った私は、すぐに今関さんの部屋に向かい報告をした。

了解の回答だけした今関さんは、すぐに自分の執務を再開したので、早々に執務室に戻ってくる。


「随分あっけなく終わりましたね。もう少し探し回ったりするかと思いました」


思った以上に手ごたえがなかったんだろう、カケルくんは無理矢理オープンスペースを脱出させられてからちょっと不満そうだった。

私は苦笑する。


「オルトさんは同じ縁視だからか、私が近くにいると縁に気づいて向こうから来るんだよね。つまりは私はオルトさんホイホイ、ってところ」

「なんですかその表現!」


カケルくんがいつものように大きく笑う。


「オルト、半年前に現われたときも超めんどくさかったんだよねー」


丁度執務室に戻って軍服を脱いでいた灯ちゃんが会話に入ってきた。

乱暴に重そうな黒い鞄を机に置く。


「菜子っちがどこに行ってもひょっこり出てきてきやがって、マジ迷惑すぎ!」

「どこにいても?」

「そーそ、完全にあれはストーカーだった」


はあ、と重いため息をつく灯ちゃん。

実際の被害者である私よりも嫌な思い出になっているみたいだ。

脱いだ軍服を雑に放り投げる。


「出てきては菜子っちをちょっかいを出しやがって…仕事についてきて状況をややこしくさせやがって…」


灯ちゃんが埜々子さん化している。


「おかげで案件は炎上…始末書…うう…思い出す…ちくしょー」


「やだなあちょっかいなんて~菜子ちゃんを口説いているだけだよ~」


「「「!?」」」


ドレッドヘアーの男が、灯ちゃんの背後に、いた。

当たり前のように灯ちゃんの軍服をハンガーにかけてシワを伸ばしている。


私だけじゃなくカケルくん、一心にキーボードをたたき続けていた埜々子さんまで驚いてこっち見た。

一瞬、青色の瞳がきらりとして見えた。


「ギャーーーーー!!変態いいいい!!」

「な、何!?何っ!?」


灯ちゃんの悲鳴にバターンと扉の音がして、今関さんが執務室に入ってきた。

うわ、オルトさん、と素でつぶやいた後、落ち着かせるようにメガネをかけなおす。


「やーーーあ 7係の諸君!みんなのアイドル、オルトちゃんだぞ★」

「うえ」

「灯ちゃん、顔、顔」


とりあえず本気で嘔吐しそうな顔をする灯ちゃんを止めた。

そんなやりとりをよそにくるりくるりと回ったオルトは、ソファにどかりと座り込む。


「カケルくーん、お茶ちょーだーい」

「え、ええ…??」

「菜子ちゃーん、お話ししようよ。このあとの予定はないでしょ?」

「…勝手に人のスケジュールを確認しましたね?」


入り口近くのスクリーンにをちらりと見た。

時間表示から全員のスケジュール表示に変わっている。


「いーじゃないか!次いつ時間がとれるかわからないんだ、たまには付き合ってくれ」

「………はあ」


仕方ないか。

カケルくんや灯ちゃんに席を外すようお願いして、私は給湯室へ向かった。


その後、私はオルトと陽が沈むまで口説かれ続けることになる。


「あれから研究員たちに捕まって大変だったんだよ~

 血は抜かれるし、身ぐるみ剥がされるし」

「珍しいですね、捕まるなんて」

「菜子ちゃんの姿に見とれてたのが失敗だった。

 でも後悔はしてないんだ、君の美しさを近くで見ていられたからさ!」

「はあ、そうですか」

「みんな菜子ちゃんの美しさがわからないなんて、なんてもったいないんだ!!」


正直、うるさい…。

埜々子さんのいらだちが空気にのせて漂ってくるのでなんとかしたい。

でもまったく空気を読まないこの男の話は、陽が傾くまで続いていった。



――――――――――――――――


菜子っちに追い出される形で執務室を出たあたしは、カケルを連れて5係の執務室に向かっていた。

曰く、どうせ出るなら借りてた水晶を返してこい、らしい。

何に使ってたんだコレ。

意味わかんねー。


「オルトさんはずいぶん菜子さんのことが気に入ってるんですね」

「ね、いい歳こいてキモイ」


隣でカケルは水晶の台座を持ち直した。

でも…と言葉を止める。


「なに?」

「前から思ってたんですけど、菜子さんって『縁視』の人たちによく好かれますよね。

 なんというか、初対面の時みんな菜子さんを見てぼーっとする、というか」


確かにカケルのいう通り、今まで会ってきた奴等は菜子っちを見るたび「綺麗」だの「素敵」だの、多かったな。

上階への階段を登りながら、あたしたちの会話は続いた。


「菜子さんって…その…美人系よりかわいい系じゃないですか」

「美人でもブスでもない普通の顔だもんな」

「ちょ、灯さん…」


濁したのに…というカケルだけどあたしにはそんなのめんどくさくて、はっきり言った。


菜子っちは、いい意味でも悪い意味でも容姿は普通だ。

真っ黒な髪と目と、いっつも微笑んでいる穏やかな人。

そのくせ小さい体で腰から立派な刀を下げて、時には派手に立ち回る猪突猛進かつ豪快さもある人。

だからどうしてもあたしたちには奴等の反応は不思議だった。


「なんか、あのぼーっとした顔どこかでみたことありませんか?」

「ん?そーお?…あ、でも、なんかあるような…」


考えること数秒。

あたしたちは同時に声をあげた。


「「特殊情報管理室の室長!」」



『美しすぎる研究員』

『歩く真珠』

『顔面国宝』

『神に祝福され過ぎた男』


なーんて好き勝手言われては崇められている人間が、特殊治安局にいる。

それが特殊情報管理室の室長を勤めているとある男だ。

おとこだ。一応いっておくが男だ。産まれた時から男だ。


「あの方に初めてあった人って、大体ああいう顔しませんか?」

「確かにー!ほげーーって意味わかんねえ顔してんな!」



結局あたしたちは菜子っちの謎の解決をそっちのけで話し込み、5係の執務室を出たときにはもうすっかり別の話題になっていた。

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