全力で逃亡
日差しが時々雲で遮られ、明暗を繰り返すオープンスペース。
私とカケルくんは今もオルトの引き留めを続けていた。
「ほー!君は複数の属性の符術が使えるのか!すごいじゃないか」
「ありがとうございます!土属性だけすごく苦労したんですよ」
いつのまにか私は聞き役に回っていて、カケルくんとオルトは得意な符術について語り合っていた。
黙っていることに気づいたのか、オルトはこちらを見て微笑む。
「菜子ちゃんは変わらず符術は苦手なのかい?」
「ええまあ、諦めてますよ」
「でも君には言霊があるじゃないか!君の歌は是非聞いてみたいんだがなあ~だめなのか~?」
「嫌です」
えーなんでなんで~と全然かわいくない駄々をこねられる。
嫌です、と私は繰り返した。
だって…恥ずかしい。
「残念だなあ~カケルくんもそう思うだろ?」
「そうですね、菜子さんは滅多に人前で歌を歌わないどころか、術も使いたがらないんですよ」
「そうなのかい?」
「必要最低限でいいんですよ、使わないに越したことはないです」
「やっぱり残念だな~菜子ちゃんが歌うっていうなら僕、どこへだって行っちゃうし、協力しちゃうよ?
研究員たちに情報提供、だってね」
「「……」」
思わず黙る私たち。
まあ、なんとなく気づいてはいたけれど。
「…わかってたんですね」
早々に白旗をあげたカケルくんは、苦笑して言った。
オルトはけらけらと笑って頷く。
そんな話をしているなんてことを思いもせず、背後で研究員たちは動き回っている。
なんだかそれはピエロの集団に見えた。
「視れば簡単にわかりますよね、失礼しました、オルトさん」
「いーのいーの、こうでもしないと菜子ちゃんは僕に会ってくれないじゃん」
「…好んで会いにいきたくないですからね」
「菜子ちゃんてば、辛辣~
カケルくんいじめられてない?こんなこと言われたら困っちゃうよね~」
「え、ええ…?」
反応に困る質問にカケルくんは右往左往。
私はまたうっかり笑ってしまった。
「こんなにはっきり言うのはオルトさんくらいですよ」
「え!?そ、それって…僕のこと特別に思ってくれてるってこと!?」
「ありえません」
「しゅーん…」
ガタイのいい体を小さくしてみせる。
喜怒哀楽のはっきりしたオルトの言動に、すっかり心を許したカケルくんは楽しそうに笑っていた。
それから少しして、研究員たちから合図があった。
十分に情報収集ができたらしい。
これで役目は終わった、さっさと帰ろう。
「さて、そろそろ次の予定があるので失礼しますね」
「ええ!何で?もうちょっといいじゃないか~」
また駄々をこねそうな顔をする。
私は立ち上がって自分とカケルくんの空コップを取ると、近くのゴミ箱に捨てにいく。
ガタガタと椅子の音を鳴らして2人がついくるのを背後で感じた。
研究員たちがいる壁の近くでは、退散の準備が進められていた。
ふと別の白衣の研究員が彼らに近づいてくるのが見える。
一言二言話したあと、何人かの研究員はこちらに向かって歩いてきた。
「…またいらしてくださいね、オルトさん。
気が向いたらまたお茶しましょう」
「えーえーえー」
「さあ、いこうカケルくん」
「え?あ、はい。またお話しさせてくださいね、オルトさん」
「えー…」
カケルくんの腕を掴むオルトは名残惜しそう。
その背後に近づいてくる研究員がここに来る前にさっさと去りたい。
ぱしっとオルトの腕を払って、私は強引にカケルくんの腕を引っ張って反対側へ歩き出した。
「菜子さん!?」
「失礼します!」
やや小走りで私はオルトを振り切り、オープンスペースを脱出した。
「ん?おや!君は雪園の坊っちゃんじゃないか!ひっさしぶりだなあ!」
背後では一転、楽しそうなオルトの声が聞こえた。
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