逃亡者と逃した男と置き土産

オルトに捕まって3日後、彼が姿を消したとの噂が7係にもたどり着いた。

やっとかあー!と灯ちゃんが嬉しそうに上に向かってガッツポーズをする。

私もカケルくんと目をあわせてふふっと笑う。


「また会えるといいね」


こっそりとカケルくんに話しかけると、彼は恥ずかしそうに頷いた。

きっとあんな人でも話ができてうれしかったんだろう。

女性の勢力が大きいこの7係では、男同士の話し相手といれば青森から帰ってこない彼くらいだから。


「失礼する」

「あ、鴨川さん」


ノックもせずするりと執務室に入ってきたのは鴨川さんだった。

私はうっかり常連を迎える適当な反応をしてしまった。

でも、鴨川さんはちらりとこちらを見ただけで、そのまま勝手にソファに座ってしまう。

オルトの時もそうだったけど、7係に来る人たちは遠慮がないなあ。


にしても…鴨川さん、オルトの依頼に来たときよりやつれてないかな?


「あらあら鴨川係長じゃない」

「今関係長、今構わないか」

「いいですよ」


鴨川さんの向かいに今関さんが座ると、待っていたように埜々子さんがお茶を出す。

人と関わろうとしない埜々子さんがお茶を出せるようになったのは最近で、来客の対応を頑張るうちに慣れてしまったらしい。

いいことだ。


「この前のオルトの件で吉川さんの力を借りたこと、まだ礼を言いに来ていなかった。

 ありがとう、助かった」

「それはご丁寧にどうも、ね、菜子ちゃん」


2人の視線が自席にいる私に注がれる。

私は体を傾けて2人を見た。


「お役に立てたのならよかったです」

「特に特殊情報管理室の研究員たちが喜んでいた。オルトが彼らを撒いた後もここに来て散々居座ったと聞いている。巻き込んでしまったな」

「オルトさんは私に絡みたがりますから、仕方ないですよ」

「…吉川さんも苦労するな」


お高くとまって仕事主義を貫くような冷たい印象の鴨川さんだったけど、律儀で素直な人みたいだ。

前のミーティングや、今回の依頼の件で私たち7係メンバーの印象は変わっていた。


「そういえば鴨川係長、前よりお疲れみたいですが?」

「ああ…まあな…」


今関さんも私と同じことを思ったらしい。

面と向かって言われた鴨川さんは、頭が痛そうに左手をこめかみに当て、眉間にシワを寄せた。


「オルトの置き土産がどうもな…」


オルトの置き土産。

1係とのいたちごっこと共に有名な話で、彼が行方不明になった際に起きる事件のこと。

彼が目撃されたエリアで起きることが多いので、いなくなったらいなくなったで特殊情報治安局はざわつく。


「今回はどんな置き土産だったのですか?」


今関さんは完全な個人的興味で聞いた。


「お台場でカモメの大発生だ。

 しかも一般人には影響がなく、符術の力を使える者だけを襲うやっかいな奴等で、駆除に困っている」

「一般人に被害がないカモメね…オルトが符術でも使ったのかしら?」

「それでは術をかける対象が多すぎるから現実的ではないな。もしかすると、オルトの近くにきたカモメたちが『狭間』入ってしまったのではないかと考えている」

「『狭間』って、あやかしの世界とこの世界の狭間のこと?」


長年の研究曰く、一般人に妖怪が見えづらいのはあやかしの世界と私たちの世界は次元が少しだけずれているため、という。

見えないゆえに影響もされにくい。けれど、符術者は特異な体質ゆえに若干の次元のずれに関係なく影響されやすい、なんてところかな。

その仮説に今関さんはうんうんと頷いた。


「本当にトラブルメーカーよね…。

 ま、人手が足りなくなったら声かけて。少しは力を貸すわ」

「ああ、それはありがたい」


7係の助力がありがたいなんて言う人は珍しい。

思わず鴨川さんをみると、目と合った。

…これは次も呼ばれるかも…。


「では、用件は済んだのでこれで失礼する」

「ええ、またいらしてください」


立ち去る白い軍服は裾が汚れている。

また最前線に立って指揮をするんだろう。


同じように薄汚れたドレッドヘアーのあの人を思い出しながら、私はディスプレイに視線を戻した。



いつもと違った日々が過ぎ、また日常を取り戻していく。

オルトと話したあの時にもいた、ひらひらと飛ぶ白い蝶々を視界の端に捉える。

軽く頭を振ると、それはふっと溶けるように消えた。

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