第8話 ポジティブ力と根暗力
身内からの珍しい依頼
とある昼下がり。
『人形使いの能力者』の阿木さんと、定期訪問がてらランチを楽しみ、満たされた心のまま執務室に入った私は、物々しい雰囲気に飛び込んでしまったことを悟った。
ソファと座席の中間という微妙な位置にいる2人が立って見つめあっている。
それはわなわな震える埜々子さんと、今関係長だった。
「私に…やれというんですか…」
埜々子さんが相変わらず小さい声で言う。
「ええ…わかっているわ埜々子、本当は私だってあなたの気持ちを一番に優先したいし、できることならこんなことさせたくないの…」
なぜか今関さんまで小さい声で話す。
ええと、何の話?
灯ちゃんたちは1日定期訪問でいないので、唯一デスクワーク日のカケルくんに目線を向けてみる。
彼は窓側の自席からこっそりと気まずい視線を私に返すだけだった。
空気を呼んだのか、バックの中でもぞもぞしていたペンギンのぬいぐるみがじっと動かなくなる。
「なら…どうして私にこんなことを…わかっててこんなことするなんて酷いわ…」
「そうね、私もそう思うわ、だから精いっぱい私を恨んで頂戴…全て受け止めるわ…」
「そんな…私があなたを恨めるなんて思っているの…?あなたに…そんなこと…できるわけないじゃない…!」
だから何の話?
喉のギリギリまで出かかっているその声をなんとか押しとどめる。
少しの沈黙の後、口を開いたのは今関さんだった。
「あなたの実家でお仕事よ!いってらっしゃい、埜々子♪」
「いやああああああああああああ!!!」
「「!?」」
突然の絶叫に飛び上がる私とカケルくん。
バッグのペンギンのぬいぐるみはまたもぞもぞと動き出した。
――――――――――――――
「いやよ…いやよ…ぜったいいや…」
その場で頭を抱えてうずくまり、長い髪を床に着くほど垂らしてぶつぶつ言い始めた埜々子さん。
某和風ホラーのアレにしか見えないその姿を、夜に見ることにならないでよかったと心の端っこで安堵する。
やっと今気づいたように、今関さんが私に振り返った。
「お帰りなさい、菜子ちゃん」
「ただいま戻りました」
「お昼は食べた?」
「はい」
『久々に菜子ちゃんとランチ、腕を振るっちゃったわ』なんて、阿木さんはたくさん料理を作って待っていてくれた。
彼女への訪問者は少ないから、話し相手がいるだけでも嬉しいんだろうな。
ロールキャベツおいしかったなあなんて思い出していると、今関さんに現実へ引き戻された。
「急で悪いんだけど、埜々子と松島家に行ってきてくれないかしら」
今回の報告書はあとでいいわ、と今関さんがにっこりと笑う。
さっきの作ったような悲しげな顔はどこへいったのだろう。
「私が行くんですか?」
「ええ、何せ依頼は『失せもの探し』なの」
なるほど、それなら。
納得した私は足元の埜々子さんを見る。
まだぶつぶつと嘆いていた。
「埜々子が落ち着いたらでいいわ、よろしくね~」
この部屋で1人だけ元気いっぱいな今関さんは、それだけ言い残して係長の部屋にあっさり戻ってしまった。
今関さんの言う通り、まずは埜々子さんが落ち着くのが先だ。
私はひとまず彼女を放置して依頼の詳細を確認するべく、自席に向かった。
あ、ついでにペンギンちゃんも開放しておこう。
バッグから丸っこいペンギンのぬいぐるみを出して床に置くと、それはぐるぐる回転しながら埜々子さんの元に近づいて行った。
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