彼女のご家族と失せモノ

活気あふれる月島駅から内陸へしばらく歩くことぴったり8分。

住宅街の一般家庭に交じって松島家は居を構えていた。


白い木目に木をそのまま取っ手に使ったような玄関の扉の前に立ち、隣をちらっと見てみる。

相変わらず表情は口元しか見えないが、真一文字にむすんで緊張している埜々子さんがいた。


とりあえず、行こうかな。

チャイムに手を伸ばすと、隣から別の手が伸びて止められる。


「ちょ!…っと…まって…」

「え?はい…」


私は手を下ろして埜々子さんを見る。

どうやら心の準備ができていないらしい。


「………」

「………」

「………もういいですか?」

「…まって」

「はあ…」


「………」

「………」

「………そろそろ押さないと、ですよ?」

「わ、わかってる…でももうちょっと待って…」

「…はあ…」


「………」

「………」


いや、そろそろいい加減に…。


「………」

「………」


もういっそ、勝手にチャイムを押してしまおうと素早く手をあげた時だった。


固く閉ざされているように見えた扉が、反対側から勢いよく簡単に開け放たれた。


「埜々子おお!!」

「「!?」」


開けたのは長身の男性だった。

前髪で目元はよく見えないけど、マッシュルームカットな髪形にモデルのような細い身体。

白地にシンプルな黒のラインが入ったTシャツというラフな格好だが、清潔感のある雰囲気を漂わせている。

女性受けがよさそう……なのだけど。


「会いたかった!会いたかったよ埜々子おー!」

「は、はなっ、はなし…っ、離して…!?」


ぎゅーっと埜々子さんを正面から自身の胸板に押し付ける様は、第一印象を崩壊させるには十分すぎるほどだった。

埜々子さんは暴れるけど、私より細いその身体では到底男性に効くはずもなく。


結局されるままになっている職場の先輩を、私は見ていることしかできなかった。

ごめん、埜々子さん!


「まだっ…チャイム…!」

「押さなくたってわかるよ!埜々子が来たって僕の第六感が言ってたんだ!

 ああ、会いたかったよ埜々子…!」

「む、むう…お兄ちゃん…っ!」


ほーお、なるほど、埜々子さんが実家に帰りたがらないのは、このシスコン兄が原因だったってことか。

私は、仲が良くてうらやましいくらいなあなんて、思うけどな。

埜々子さんは1人を好むから、相反するものを好む相手は苦手なんだろう。


初めからいなかったかのように蚊帳の外に置かれている私に、もう1人の声がかかってきた。


「よくきたのお、局員の方々」

「!…は、はい、支援一課 7係の吉川と申します」


よろしくお願いいたします、と家の中から聞こえた声の方向を向くと、白髪のおじいさんがいつのまにか玄関に立っていた。


紺の着物は肌触りがよさそうで上品なもの、おそらくそれなりの良いものなんだろう。

ちなみに…目はあいていると思う、限りなく瞑って見えるけどなんとなく目が合っているように感じる。

…松島家は基本的に目が見えないのがデフォルトなんだろうか。


「急にお願いしてすまないのう、どうぞ中へ入っておくれ。

 そこの2人は気になさんな、あっはっは!」

「は、はあ、失礼します…」


笑い声が特徴的な快活のこの方は、松島家の当主を務めている玄竜様という。

自己紹介しながら廊下を歩き、私たちは一足先に畳の部屋に入っていった。

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